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第32話 マツイ、マツイ

 よおし、忍び足が有効だ。オークに関しては安全だと判断できた。もう一種のモンスターは犬頭のコボルトで、こちらも人型になる。

 コボルトについても忍び足が有効だったので、51階は安全だと判断できた。良かばい、良かばい。

 50階は見た目弱そうで実は強いモンスター。そして51階は人型で切り込むのに躊躇するようなモンスターとはなかなかやってくれる。

 俺? 俺は躊躇したりなんてしないのだ。覚えているだろうか、ラットマンってモンスターのことを。

 こいつも人型と言えなくもない見た目をしていた。直立するネズミだよ。

 そもそも、犬猫に似たモンスターでも躊躇する人は躊躇する。特に犬猫を飼っていた人が可愛い猫ちゃんを撫でるでなくぶん殴るなんてできやしないぞ。

 まあ、人によっては「見た目」で戦うことを戸惑ってしまうケースもあるってことさ。

 俺は特にそういうものはない。戸惑ったとしても、忍び足でモンスターが動かない状態だから、意を決する時間があるからね。

 光の粒となって消えるし、殺す気でかかってくる相手に対し、戸惑っている余裕なんてないって。

「よおおっし、この階でレベルを上げて次行くぞ」

 オーク発見。羊から降りて叩く。

 コボルト発見。羊から降りて叩く。

 コンビで発見。羊から降りて叩く。

 いつもの単調作業を繰り返し、レベルがようやく一つあがった。これでレベル92である。

 いやあ、なかなか上がらなくなってきたな。山田さん情報によるとレベルは255で最大になる。

 いっそレベル最高まで上げてから先へ進もうかとも思ったのだけど、いかんせんなかなかレベルが上がらなくて作業感に耐えられそうにないから困ったものだ。

「次の階へ行くぞお」

『リンゴを寄越せモ』

「はいはい」

 特に仕事をしていなかったマーモットにリンゴを与える。俺の荷物ってバールと果物だけという酷いものだ。

 バールを握るとリュックの中は果物だけになる。

 日帰りで探検して帰ってこれるからこその荷物だよな、これ。荷物が重すぎると行動に支障が出るので日帰りできるのは幸いである。

 

 ◇◇◇

 

 さてやって参りました52階です。

 最下層って一体何階になるんだろうなあ。新しい階に来た時のお約束、まずはモンスターチェックから始めよう。

 イカがいる。

 うねうねした足で直立するイカだ。表示名はクラーケンで、表示色は青だった。

 この分だとこの階も安全に行けそうだわ。

 羊から降りてバールでぼこんと一発……まだ緊張を解いてはいけない。

 ――クラーケンは光の粒となって消えた。

 52階までずっとモンスターは一撃で倒せていて逆に怖い。最大強化のバールの火力が優秀ってことなのだろうけど、階層の深さを想像しゾッとする。

 バール最大強化は中盤以降で使う想定の武器として、まだ一撃でモンスターを倒せるってことは序盤と推測できるだろ。

 50階スタートなのだから、序盤といえば序盤なのだが、先の長さにクラクラしてくるよ。

 羊に乗って次を探すか。

 その時、突如耳元に声が届く。

「よお」

「うああああ」

 声のあと、ふうと耳元に息を吹きかけられのけぞって尻もちをついてしまった。

 そんな俺を見下ろすセーラー服姿の黒髪の女の子。歳の頃は山田さんと同じくらいに見えるので、クラスメイトだと思う。

 だがしかし、名前も分からん。俺がクラスメイト全員の顔と名前を憶えているわけがないのだ。免許皆伝のぼっちだし。

 一つ言っておくと、我が校の女子生徒の制服はブレザーである。つまり、セーラー服を着ている彼女は自販機でわざわざセーラー服を注文して着ているってこった。余程セーラー服を着たかったのだろう。

 なんかこう、彼女のセーラー服って昭和感があるんだよな。足首の少し上くらいまでのスカート丈だからかもしれない。

「カカカカ、ビビり過ぎだろ」

「な、なんぞ」

 急にうまく喋ることなんてできようはずもなく、言葉が出てこなかった。

 そんな俺に対し彼女は特に不快感を覚えた様子はない様子。俺の肩をぽんぽんと叩き、大きく口を開けて豪快に笑っている。

 自由過ぎだろ、この人。

 あっけらかんとしている彼女なら、男女隔てなく接してそうだしクラスでも目立つ存在じゃないかなあと思うのだが、不思議と記憶にない。

 ディープダンジョンに捕らわれたのはうちのクラスだけのはずだから、別のクラスだから知らなかったってわけじゃあないんだよな。

 あ、あと先生もいつの間にかいなかったような。いや、先生が教室に入る前に転移したんだっけ?

 うちのクラスの担任は50代のひなびた男性教諭だったので、転移しなくてよかったよ。ダンジョン探索はかなり体力を使うからな。

「オマエ、名前は?」

「ま、松井だけど……」

「マアツイ、違うな、マツイ、マツイ、これだな」

「発音し辛い名前かな……」

 満足気に顎をあげる彼女に対しタラリと変な汗が流れてしまう。ひょっとしてクラスメイトじゃないのかな? クラスメイトじゃないにしても、松井の発音が難しいってあり得なくないか? 日本語以外の話者ならあり得るが、彼女は日本語で喋っているものなあ。

 俺の頭の中など露知らぬ彼女はマイペースに自分の疑問をぶつけてきた。

「マツイは『中に』誰もいねえな。従魔もいるし……」

 続いて彼女は目を細めたかと思うと、視界から消える。

 次の瞬間、ヒヤリと首元に何かが当たった。

「おっと、本気じゃねえってば。睨まないでくれよ、老師」

『そいつがいなくなるとリンゴが食べれなくなるモ。次やったら斬るモ』

 いつの間にか蛍光灯を構えたマーモが彼女に言い放つ。

 パッと俺から離れた彼女は手に持っていた短剣を手放し両手を上にあげる。

「だから冗談だって。マツイの反応を見たかっただけだ。『中に』いねえのを迷宮の中で見るのは二人目だから」

『見逃してやるからブドウを寄越すモ』

 とはいえ、彼女が果物を持っているはずもなく、俺がマーモにブドウを渡すことに。

 ま、まあ、守ってくれたようだし、今回だけだぞ。

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― 新着の感想 ―
残心が身についてるとか主人子は中々に主人公なんよな
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