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第30話 想定以上だ

 待ち合わせは洋館のロビーです。

 山田さんという味方を得た俺は心なしか足取りが軽い。

「松井くん、横を歩かないの?」

「そ、そうしよう」

 つい癖で彼女の後ろから足取り軽く、かつ、足音をなるべく立てぬように歩いていた。

 癖ってのは怖いものだ。常に気配を消し、空気になることが自然と身についているのだ。

「ごめん、忍び足を意識してたつい」

「おお、できる男は違うねー」

 真っ赤な嘘です。もっともらしいことを言えば誤魔化すことだってできるのだ。山田さんと吉田君と会話することによって俺のコミュ力がレベルアップしている証左と言えよう。

 さてさて、ロビーに到着したぞ。

 ソファーにふんぞり返り、足を伸ばしたオールバックの腹出しファッションの小太り、彼の両脇になんかファンタジーの魔法使い風の少女が座ってる。

 ファンタジー風の女子衣装ってなんでこうも露出が多いのかね? 個人的には制服の方が可愛いと思うぞ。

 山田さん? 彼女はスカートにブラウスといった私服だ。俺の知識がもう少しあれば、彼女の服について具体的に語ることができるのだが、どうにもこうにも。

 さあて、偉そうに座っている小太りらは見えなかったことにして、吉田君はどこだ?

「松井君」

「よ、吉田君、いつの間に背後に」

 まるで気配を感じさせないとは、なかなかの空気力! まだまだ俺の域には届かないけどな。

 対する吉田君はさもなんでもないといった風に答える。

「君の後から来たからだよ」

「あ、あはは。山田さんにも参加してもらうことにしたんだ」

「大歓迎だよ。女子生徒もいるから……」

 さすが吉田君、よくわかっているじゃあないか。やっぱり山田さんについてきてもらってよかった。

「それで吉田君、鈴木君はどこに?」

「またまたご冗談を」

「お約束かなって」

「あはは、こやつめえ」

 吉田君と仲良しムーブをやってみたら、案外彼のノリがよくとビックリである。

 ぽんぽん、山田さんから肩を叩かれのけぞりそうになってしまう。ち、近い。俺のパーソナルスペースの中に入ると反射的に体が。

「おや、おやおや、吉田氏、新たな姫をつれてきてくれたのかね」

 うおお、不審者がお腹を揺らしながら立ちあがったああ。あ、不審者じゃなくて鈴木君だった。

 名前を呼ばれた吉田君は……頬を引くつかせて引いているじゃないか。

 そんな彼の耳に口元を寄せ囁く。

「これがちょっと様子がおかしいの?」

「口調が中二モードとオタクモードで混じっているけど、通常運転かも?」

「えー、もう帰りたい……」

「なんか本人は幸せそうだし、僕ももういいかなって思ったよ、お願いしたのに本当にごめん」

 よっしよっし、意見もまとまったし、立ち去るとしようか。

 なんか世の中には見てはいけないものもあるんだなって気づかされたし、良い経験になったよ。

「はじめまして麗しき姫、『アグニの化身』鈴木だ」

「や、山田……よ」

 気障ったらしく片膝をつき、右手を上にあげる鈴木君。彼のあまりのおぞましい姿に変な汗が出てきたぞ。

 こいつはいかん。恥ずかしさとかそんなものより怖気が勝り、彼女の手首を掴みそそくさとその場を立ち去ろうと意思を示す。

 俺に手を引かれ少し驚いた様子の彼女であったが、素直に応じ自室の並ぶ二階へ続く階段へと向かう。

「Oh、振られてしまったようだ。そのうち麗しき姫も俺様のすばらしさにいずれ気づく」

 何やら言っているが、知らぬ、俺は何も知らぬぞ。

 あれ、俺、鈴木君にいることすら気が付かれていない? いやあ、空気でよかった。彼の記憶に残らないことは幸いである。

 そんなこんなで俺たち三人は階段を登るのであった。

 

「吉田君、また明日にでも会話しよう」

「うん、松井君本当にごめん」

 力なく肩を落とした吉田君は自室に向かっていく。

 残された俺と山田さんも同じく自室へと移動する。俺の部屋の前まで来たところで山田さんが立ち止まり、悩まし気な目で俺を見上げてきた。

「松井くん、気になることがあって、ちょっとだけ部屋に来てもらってもいい?」

「う、うん」

 鈴木君があまりに気持ち悪かったとか言いたいのだろうか? 鈴木君、なんかもうひど過ぎて、一周回って笑えてきたよ。

 

 *山田さんの部屋にいる*

 コポコポコポ。

 コーヒーメーカーがお湯をドリップする音とコーヒー粉のよい香りに心が洗われるようだ。

 山田さん、コーヒーメーカーを買ったのかあ。この癒し感がたまらないぜ。俺も買おう。紅茶を良く飲むのだけど、たまにコーヒーってのも悪くない。

「マグカップでもいいかな?」

「うん、手伝うよ」

 手伝うって言ってもコーヒーを注ぐだけなんだけどね。彼女と並んで順番に自分のコーヒーを淹れた。

 テーブルを挟んで対面に座り、まずはコーヒーに口をつける。

 ふう、コーヒーがうまい。砂糖たっぷり入れたから甘々だけど、これがまた良いのだ。

「鈴木君、おかしかったよね?」

「元からあんなんだったって吉田君が言ってたけど……」

「元からあんな感じだったっけ、性格はともかく、おかしいの」

「そ、そうかな」

 鈴木君の姿、言動、動き、全てが強烈過ぎておかしい点と言われても、全部変だから予想がつかない。

「鈴木君は私に『はじめまして』って挨拶してきたよね?」

「あ、言われてみれば確かに。いくらなんでもクラスメイトに『はじめまして』は変だ」

「私が制服を着ていなかったから分からなかったのかも?」

「いやいや、たとえ顔が分からなかったとしても、洋館にいるのはクラスメイトだけだよね」

 そうだよね、と山田さんがうんうんと頷く。

 一体全体どういうことだ? 鈴木君の言葉を借りると「中二感」と「俺様感」が融合したんだっけか。

 そこから導かれる答えは――。

「分かった。鈴木君なりの演出だ」

「松井くん、そうじゃないと思うよ……」

 えー、そうかなあ。

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