第27話 わっしょーい
羊から降り、マーモを抱きかかえじりじりとグレイトウルフとフレイムリザードへにじり寄って行く。
『ワオオオオオオン』
ぐお、距離が20メートルほどまで迫った途端にグレイトウルフが雄たけびをあげこちらに向けて走ってくる。
マーモに蛍光灯を渡し……い、犬がは、速い! あっという間にもう奴の牙が届きそうなところまできているじゃないか!
この間、僅か2秒から3秒ってところ。
何とかして避けねば、クッソ速いなグレイトウルフ。
ギリギリまで引き付けて横っ飛びで回避するか、腰を落として盾を構えるか悩ましい。引き付けずに横に移動しても軌道修正されて体当たりを食らいそうだ。
ところが、マーモが歴戦の勇者のように俺とグレイトウルフの間に立ちふさがった。
ぶおんぶおん。
マーモが居合抜きのように蛍光灯を振るう。
「お、おお……」
『まだだモ』
見事バラバラになって光と化したグレイトウルフへ目線さえやらず、マーモの意識は大きく口を開いたフレイムリザードへ向いているようだ。
そうだった。グレイトウルフはとんでもない速度で直進してきたが、フレイムリザードも忍び足の判定が成功しておらず、戦闘態勢になっている。
大きく口を開けているのはこちらを威嚇し、待ち構えているのかと思ったが、まさか。
ゴオオオオオ。
口を開けたからまさかと思ったが、そのまさかだった!
炎のブレスが吐き出され、一直線にこちらへ向かってくるじゃあないか!
『そのままでいいモ』
マーモを掴んで炎のブレスの斜線外へ逃げようとしたのだが、当のマーモが待ったをかける。
ぶおんぶおん。
彼が蛍光灯を振るうと炎のブレスが切り裂かれ、かき消えた。
「不覚にも、ちょっとときめいてしまった」
悔しい、こんなクソ生意気で可愛くない生ものに。悔しいがちょっとだけカッコいい。
『今のうちだモ、モを投げるモ』
「お、おう、わっしょーい」
炎のブレスを吐き出した後の隙にマーモをフレイムリザードに向けて放り投げる。
スパンスパン。
フレイムリザードが八つ裂きになり、光の粒と化した。
「はあはあ……50階やばすぎだろ。49階でレベル上げてからまた来よう」
『ブドウを寄越すモ』
「お、おお。大活躍だったから、二粒進呈しよう」
さっそくブドウをかりかりやるマーモ。一方の俺はといえば、とんでもない戦闘にへなへなとその場で膝をつくのだった。
戦闘で疲労した俺はこの後すぐに自室に戻る。もちろん、洋館への出口は警戒して出てきたぞ。日頃のぼっち道の極みがよかったのか、幸い人影はなく、洋館のロビーにも誰もいなかった。
部屋に入ると手洗いもせずそのままベッドへダイブする。
「正直びびった」
『リンゴを寄越すモ』
「そこに置いているから好きに食べるといいモ」
マーモは元気だなあ。首だけ動かして右手を見たらさっそく彼がリンゴをしゃりしゃりしていた。
何度も忍び足の判定が失敗することがあるから、と自戒していたが、突然猛スピードでやってこられると面食らってしまったよ。
ブレスという遠距離攻撃にも虚をつかれた。
犬とトカゲの組み合わせは初見殺し過ぎる。スピードで戸惑い、対処できたところで遠くからブレスが飛んでくるって。
見た目が最初の敵って雰囲気なのがこれまた憎たらしい。
50階が初期位置、そして見た目弱そうなモンスター、極めつけは初見殺しという罠だらけである。
そらまあ、降臨で最初から最強とかじゃなきゃ挑戦しようと思わないわけだ。攻略組と待機組に分けたのは改めて英断だと思ったよ。
「収穫がなかったわけじゃない。一つ試してみたいことができたしさ」
試すためにもレベル上げをしなきゃ。
今回は表示色が青色じゃなかっただろ。青色じゃない場合には忍び足の判定が失敗する可能性が出てくるか確定で失敗なのかは不明だけど、50階のモンスターに対し青色表示に持っていったら忍び足の判定に成功するのか試してみると忍び足と表示色の関係性が分かるかもってね。
注意しなきゃならないのは、もし青色で50階のモンスターの忍び足判定が成功したからといって安心したらいけねえってことだ。
忍び足無効ってモンスターがいるかもしれないだろ。
「一つだけ叫ばしてくれ。誰も聞いていないからこそ言える」
すううっと大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「最初から50階は無理ゲーだろ!」
ふう。すっきりした。
ディープダンジョンの第一関門は1階へ移動すること、これに尽きる。
さあて、レンチンでパックご飯とカレーを食べることにしようか。ついでにトースターで冷蔵の唐揚げも焼いてゴージャス食事にしようっと。
飲み物は黒い炭酸水、これです。
とても健康的とは言えない食事であるが、動き続けた疲れと50階の嫌らしい仕様にやさぐれており、好きなものだけを食べようってね。
寝て起きたら野菜ジュースにヨーグルトにしとけば差し引きゼロだ。ははは。
チーン。
「まだ焦る時じゃない。パックご飯の次はカレーを温めるのだ」
誰に向かって言ってんだか。だがしかし、真のぼっちたるもの独り言を欠かさないものである。
人間、喋っていないと口が動かなくなるとか言うからね。その辺俺は抜かりない。
『リンゴもう一個いいかモ?』
「あるだけ食べていいモ」
ちゃんと聞いてくるマーモットはなかなか律儀な奴なのかもしれん。モンスターが迫っている緊急事態でも食べ物を要求してくるけど……活躍してくれているから文句は言えねえ。
チーン。
おっし、食べるぞ。唐揚げがまだトースターでじりじりとやっているが、腹が減って仕方ないから食べちゃうのだ。
――翌日。
49階でサーチアンドデストロイを繰り返し、レベル上げを慣行した。
レベル上げは地味な作業で、羊に乗ってモンスターを探し、発見したら羊から降りてモンスターの背後に立つ。
そんで、バールでペコンと一発するだろ。すると、モンスターが光の粒になって作業終了だ。
これをひたすら繰り返す。どこまでレベル上げしていいのか見えていないが、丸一日レベル上げをして少し早めに切り上げて50階へ行くつもりである。
レベル上げも羊がいるといないじゃ、速度が全然違うよね。羊に乗った状態でのレベル上げは初めてで、これまで倒したモンスターの数以上のモンスターを今日だけで倒したと思う。
「よおし、50階へ行くぞ」
『梨が欲しいモ』
締まらぬまま、50階へ向かう俺たちであった。