第26話 50階は罠過ぎる
某魔法のランプから出てくる魔人のような素肌の上からベストを羽織り、黒の皮ズボン、そして、指ぬきグローブにとんがりブーツというヤバすぎる服装になっていた鈴木君。髪の毛もなんか立たせようと頑張って中途半端にぼさぼさだったんだと。
「あと、眼鏡も変わってたよ」
「どんな眼鏡なのかは聞きたくない……」
「わ、分かった。写真を撮っておけばよかったかな」
「そんなもん保存したくねえ!」
はあはあ、力一杯突っ込んでしまった。伝家の宝刀「指ぬきグローブ」を装着しているから、以前から様変わりしたってもんじゃあないんじゃ。
どっちにしろ痛々しい。
「あ、あと」
まだあるのかよ! 俺はもう返事をする気力もなくなってきているよ。
これ以上げんなりすることもないだろうと思っていたが、吉田君の続く言葉を聞き、嫌な意味で裏切られた。
「自分のことを『俺様』って、女子生徒のことを『姫』って呼んでた……」
「う、うああああ。もういい、もういい……痛いレベルが上がっただけじゃないか! 方向性は同じだから人格がどうこうとかじゃないんじゃない?」
「そ、そうかも。言動や恰好じゃなく、なんか鈴木君ぽくない感じが混じっていたというか、難しい」
「お、俺は元の鈴木君を知らないから、会って喋っても違いが分からないかも」
完全にお近づきになりたくないタイプである。元々仲が良かった吉田君以外にはまともに接することができる人が想像できない。
いや、それでもコミュニケーションモンスターである神崎君ならワンチャンある?
「え、いいの? 松井君?」
「いいって、何のことやら」
「鈴木君と喋ってくれるって」
「あ、え、いや、あ」
墓穴を掘ったああああああ。マジか、マジで喋ることになるのか。
何とかひっくり返せないかとかつてないほど頭をフル回転させる。
「い、いやほら、鈴木君はダンジョンへ行ってるし。夜は寝てるだろうから、俺と時間が合わないだろうかなって」
「そこは任せて。松井君が起きている時間に合わせるようにするよ」
へ、変な気を回しやがって。
「そ、それじゃあ、いつ会うか決まったら教えて……」
「明後日のこの時間でどうかな?」
「分かった。もし調整つかなかったら教えてね」
「了解。ありがとう」
そんなこんなで嵐のような時間が終わった。
鈴木君との約束は明後日か。今日と明日の探検で50階には到達できそうだが、50階からはモンスター以外に別の問題がある。
捕らぬ狸の皮算用とならぬよう、49階を突破してから考えるとしようか。先を見据える前に今に集中しなきゃ足元を掬われるってな。
上の空ほど危険なものはない。
◇◇◇
と思っていたら、明日どころか本日49階の階段まで到達してしまいました。ここを降りると50階である。
時刻はまだ午前5時。遅いときは8時くらいまで頑張っているんだけど、どうしたもんかな。あと1時間くらいは探索を続けたいところ。
「う、うーん。朝6時とか、人によっては出発の時間かもしれないよな」
攻略組と鈴木君の出発時間を山田さんと吉田君に聞いときゃよかった。
ここまででお察しいただけただろうか? 50階のモンスター以外の問題点ってやつを。
そうもう一つの問題とは、誰かに会うかもしれないってことさ。
50階はまだ試していないので忍び足の判定が成功するかは分からない。49階では有効だったがね。
羊もマーモもいるから、モンスターについては何とかなると楽観している。
一方、人に会うかもしれない問題は時間帯によっては避けがたい。
「イルカ、教えてくれ。人に会わずに済む方法を」
「知りません。何か支障があるんですか?」
「襲われ……はしないか。相手もソロならともかく、パーティだとどうするんだよ」
「マスターもパーティに加わればいいんじゃないですか?」
「怖すぎるだろそれ!」
クラスメイトといえども、挨拶を交わしたかどうかも怪しい人たちなんだぞ。
「ん、でも、洋館への出口付近はこれまでも警戒していたよな。以前人影を見たことから攻略組はエレベーターを使ってるだろうし」
既に55階までは到達してるんじゃね?
となれば、洋館への出口付近だけ注意して、人影がないことをこそっと確認してささっと外に出ればいい。
「なあんだ。気に病むことなんてなかったんだ」
は、はは。慎重になり過ぎて回りが見えていなかったよ。
でも、待てよ。
「あの時見た人影はソロ……鈴木君?」
う、うーん。鈴木君のシルエットではなかったような。人影はシュッとしていて男子生徒としたら小柄だった。遠目に後ろ姿を見ただけだから男女どっちか分かってないんだよな。鈴木君は結構背が高い方だし、なにより横幅が……これ以上は言うまい。
まあいいや、吉田君に鈴木君の活動時間を聞けばすぐに答えが出るさ。
「人影のことはともかく、ゲームスタートから結構な日数が経っているし、今更50階をうろうろしている人もいないだろうってことで」
安心したところで、いよいよ本来のスタート時点である50階へ進む。
接敵、接敵。我遭遇す、であります。
表示名はグレイトウルフとフレイムリザードで、どちらも表示色は緑色だった。
「本当に嫌らしいな、ディープダンジョン」
グレイトウルフはくすんだオレンジ色の柴犬そっくり。もう一方のフレイムリザードは中型犬ほどのカメレオンみたいな見た目をしていた。
どちらも「見た目」からはそれほど強そうには見えず、最初の階層で出てきても違和感を覚えないだろう。
見た目はともかく、グレイトウルフもフレイムリザードのどちらとも実力は確かだ。
いや、実際に奴らの動きを見たわけじゃあないんだが、49階のモンスターよりレベルが高いことを実力と表現した。
49階のモンスターの表示色は青だったが、こちらは緑色である。
モンスターの表示色を意識し始めてから、青以外を見るのは50階が初めてだ。
「さて、緑色だからいつも以上に気を引き締めて行くぞ。マーモ、もしもの時は頼むぞ」
『任せるモ。ブドウを寄越すモ』
「仕方ねえ。先渡しだぞ」
『動いたらもう一個寄越せモ』
相変わらずのマーモである。これでもモンスターに怯むどころか、蛍光灯ソードで敵をバラバラにする達人だ。