第25話 吉田君の友人
「吉田君じゃないか!」
「松井君、突然ごめん。君がソロ至高だとは分かっていて悩んだんだけど……」
吉田君の眼鏡が心なしかくたびれている気がする。どうも深刻そうな様子だぞ、これ。
深刻で憔悴しているところ申し訳ないが、一つだけ突っ込ませてくれ! もちろん、心の中でだぞ。
ジェントルマンである俺はちゃんと空気を読んで要らんことは口にしないのだ。……突っ込み待ちではないから念のため。
では一言、心の中で述べさせてもらおう。
ソロ至高ってなんだよ! 別にソロが至高の領域だとかいう信念は持ってない。
ソロ好きってだけで、絶対ソロじゃないといけないってわけじゃあないんだよ。それに、ソロ至高じゃなくてソロ志向だろ。
はあはあ、心の中で叫んですっきりした。
「ま、まあ、お茶でも飲みながら話をしようよ」
「ありがとう」
てなわけで、吉田君を部屋に招く。まさか俺が人を自室に招くことになるなんて。
あれ、山田さんを誘ったっけ? いや、彼女のお部屋にお呼ばれしただけで、俺の部屋じゃなかったはず。
ええと、お客さんが来た時ってコーヒーか紅茶でよかったのだっけ。あ、あとはクッキーだ。山田さんがクッキーを出してくれたよな、うん。
「松井君、そんなに気を遣わなくても」
「いやいや、コーヒーでいいかな?」
「うん、ありがとう」
「ほい」
コーヒーといってもインスタントコーヒーだから、コーヒー粉を入れてお湯を注ぐだけである。
クッキーはクッキー缶を注文したら、吉田君の真後ろに出現するハプニングがあり、苦笑いとなった。
どうも締まらないな俺は。
「コーヒーありがとう。そうだ。松井君に教えてもらった1階の情報を待機組のみんなと共有して、今ではみんな自力でガルドを稼げるようになったよ」
「おお、俺には共有とか無理だからありがたいよ」
「あ、共有してくれたのは山田さんで、僕じゃないんだよ。オタクには荷が重い」
「は、はは。その気持ち痛いほど分かるよ」
妙な間が痛々しい。吉田君は俺ほどじゃないだろうけど、クラスで目立つ存在じゃあないし、陽の者でもないからな。
山田さんも苦手だったのかもしれないが、俺たち二人に変わって頑張ってくれたのだろう。
彼女の笑顔を思い浮かべ、なんまいだぶと心の中で手を合わせる。
妙な間が居心地悪かったのか、謎の咳払いをしつつ沈黙を破ったのは吉田君だった。
「待機組は攻略組の稼ぎがなくとも生活していけるようになって、心に余裕ができた。攻略組も変な気負いがなくなって以前より順調に見えてる」
「おお、俺にわざわざ知らせにきてくれたんだね」
「それもあるんだけど、もう一つ、個人的に君に相談したいことがあるんだ」
「俺でよければ」
個人的とか心惹かれるぜ。真のぼっちたるもの、個人的な相談なんて終ぞ受けたことがないものである。
さあ、どんとこい。相談マイスターの俺が何でも的確に答えて進ぜよう。
「鈴木君のことなのだけど、最近様子が変なんだ」
「鈴木君、どんな感じなの?」
鈴木君って誰、って聞かなかった俺を褒めて欲しい。確か吉田君とよくつるんでいたオタク仲間だろ。
鈴木君とつるんでいた人なら俺でも喋り安いと思いきや、正直苦手だった。吉田君とは大違いなんだよな、これが。
ちょっとぽっちゃりとした見た目だけは親しみやすいのだけどねえ。
彼は中二病? というのか、斜に構え皮肉屋というか、なんだか彼と吉田君の会話が聞こえてきた時に胸がちくちくした。
中学生の俺ならかっけえと思ったかもしれないが、高校生の俺にはちょっとしんどい。
「異世界転生、俺つええ、キタアア。俺はここでハーレムを作る、とか言っていて」
「それ、いつも通りじゃ……」
「そ、そうかも。ここに来た当時、そんなことを言っていて、それで二人の女子生徒と一緒に協定から抜けたんだよ」
「は、はは」
「ごめん、松井君はこれまで集まりにも参加していないんだった。最初から説明させてほしい」
「う、うん」
山田さんから協定が結ばれて、の下りは聞いていたけど協定と攻略組と待機組くらいしか覚えていないぜ。なので、最初から説明してくれると助かる。
吉田君の話は教室でガチャを引いたところから始まった。
鈴木君が引いたのはなんと「降臨」の英雄アグニだったのだ。そらまあ、俺つええ、と調子に乗るのは分かる。彼には元々そんなところあったし。
たしか、「降臨」を引いた人は四人だったよな。そのうち一人が鈴木君だったってわけだ。
そんで、初日に生徒会長の榊君とクラスの人気者の神崎君の提案でクラス会議が行われて、協定を結んだ。
ところがどっこい、鈴木君を慕う女子生徒二人と共に彼らは協定を離脱してしまう。
「降臨」という力があるのだから、好きにやるぜってのは分からなくもない。
彼の理想である「異世界、俺つええ、ハーレム」も満たされるわけだしさ。ま、まあ、慕うってのは吉田君の解釈だから、本当のところどうなのかなあ。
鈴木君のガルドが目当てとかそんなとこなんじゃね?
し、嫉妬からあてこすっているわけじゃあないんだ。うらやましくなんかないし。俺はソロがいいのだ。
「ここまではいいかな?」
「だいたい把握。聞いている限り、鈴木君らしいというかなんというか。吉田君も一緒に抜けようと誘われたんじゃない?」
「降臨で浮かれ過ぎてて、『ついてくるなら止めないぞ?』みたいなことを言っていたけど、さすがに。松井君の言う通り、協定を離脱するところまでは鈴木君らしいなとは思ったんだ」
「ふむふむ」
協定を抜けて二日後に吉田君が鈴木君に会った時は相変わらずの感じで俺の右手がうずいて仕方ない、とか痛いことを言っていて、女子生徒のことをレディとか呼んでいてこっちが恥ずかしくなったんだと。しかも、黒ずくめの服に真っ黒のマントを羽織っていて、指ぬきグローブまで完備していたそうな。
うわあ……ドン引きですよ。
ところがどっこい、昨日出会った時、彼が様変わりしていて驚いたと鈴木君が言う。
「別の方向の中二感になっていて、俺様系? って言うのかな」
「痛い方向が変わっても、それはそれで鈴木君ぽいというか……」
「うん、言いたいことは分かる。服装も変わってたんだよ」
「へ、へえ……」
聞きたくねえ。




