第22話 七つ道具
紅茶でのどを潤してから、山田さんの目が真剣なものに変わる。
な、なんだろう、とこちらも身構えてしまった。ゴクリと自然と喉が鳴る。
「11階からの宝箱は罠がかかっているんだよね?」
「うん、実際開けたことないんだけど、イルカがそう言ってるから間違いない情報と思う」
「え、開けたことないの?」
「ま、まあ……いずれと思ってたのだけど、先に進めるところまで進もうかなって」
ん、話が見えないぞ。山田さんは何を聞きたかったんだろう。
彼女は特に表情も変えずクッキーをかじる。
「そっかー、残念」
「ん?」
「ずっと知恵の輪をやっていたら罠解除の熟練度があがったの。それで、松井くんも罠解除を持っているから宝箱を開けたらどうなるのかなって」
「そういうことかあ。実はまだ罠解除の熟練度は1のままなんだ」
知恵の輪を繰り返すことで上がるとは思っていたけど、実行していなかった。
先に述べた通り、宝箱より先に進むことを優先していて盾を持ったり、マーモと遊んだりしていたので後回しになっていたのだよ。
「松井くん、教えてくれてありがとう。宝箱を開けてみるね!」
「あ、俺もついていってもいいかな?」
「本当!? 嬉しい。もし、罠で(怪我して)気を失いそうになったら叩き起こしてね、意識があればこれでなんとかなるから」
「う、うん……」
実際に宝箱を開ける様子を見てみたかったので、山田さんに乗っかろうと軽い気持ちで申し出た。
のだが、罠で大怪我をすることを深刻に考えていなかったよ。彼女の再起の杖があれば、どんな怪我を負っても生きてさえいれば元通りになる。
怪我のショックで気絶してしまいそのまま帰らぬ人にならなければ、なので、見守っているだけの人がいれば安全度が増す。
いや、俺が開けるから山田さんはもしもの時に治療して、とカッコよく言いたいところだった。今から罠解除の熟練度をあげたら間に合うかな?
時刻は現在21時過ぎ。これから熟練度を上げても厳しい。
◇◇◇
熟練度、1しかあがりませんでした。知恵の輪を解かないと上がらんのだもん。罠解除のスキルを習得するときはあっさりいった気がするんだけどなあ。
連続して成功させるのはなかなか手ごわいってこった。
いや、まだもう少し時間がある。山田さんが来るまでは知恵の輪にまだ挑戦できるのだ。
ロビーのソファーで座り何をやってんだかって話だが、これでも真剣なのである。マーモットを連れていたことを忘れるくらい熱中していた。
「松井くん、松井くん!」
「ん、ん?」
集中していたため、山田さんが隣にちょこんと座っていることにも気が付いていなかったのである。
彼女は仁王立ちしているマーモットの真っ黒の鼻をちょこんと指先で触れ、笑顔を見せる。
「この子、松井くんのペット?」
「ま、まあ、そんなもんだよ」
『気安く触るなモ』
「ちょ」
こ、こいつ、なんてことをのたまうんだ。あせあせしていたが、山田さんは俺のあたふたぶりにコテンと首をかしげている。
「あれ、こいつの声は聞こえない?」
「この子、お喋りするの!?」
「一応喋るんだけど、可愛くない」
『ブドウを寄越すモ』
無言でブドウをマーモに渡すと、両前脚で挟みしゃりしゃりやり始めた。
山田さんが手を合わせて「可愛い」と喜んでいたけど、その気持ちが微塵たりとも理解できねえ。
「い、行こう」
「うん、この子もついてきて大丈夫?」
「モンスターのターゲットにならないみたいだから大丈夫だよ」
「松井くん、抱っこしないの?」
てくてくとついてくるから問題ない。こいつ、俺が走っても余裕でついてくるからな。
大丈夫、大丈夫と右手をあげ、ダンジョンへ向かう。知恵の輪に夢中だったからマーモットに部屋で待っててもらうようにお願いするのを忘れてた。
17階より深いところに挑戦しないなら、特にマーモットを連れてくる必要ないからさ。
さてやって参りました15階です。10階はまだ宝箱に罠がなく、11階へ進むのに時間がかかっちゃうからね。
15階は忍び足があればモンスターに気が付かれないことは分かっている。
今回は山田さんと一緒なのでマーモに武器を持たせて回避の練習はやらない。つまり、マーモットの活躍の場はなく、連れてくる必要もなかったってわけである。
なので、部屋で待っててもらおうと思ってたのだが、抜けてた。
途中モンスターに遭遇するも、バールと山田さんの再起の杖で一撃で倒し余裕余裕である。
そして、ようやく宝箱を発見。
「山田さん」
「うん、やってみる!」
山田さんが宝箱に手を触れ、ドキドキしながら彼女の様子を見守る。
しばしの沈黙が流れ、山田さんが困ったように眉根を下げ指先を鼻の下に置く。
「罠解除って宝箱に触れるだけじゃダメみたい」
「解除するために何かしらの道具が必要なのかな。イルカ、罠解除のやり方を教えて欲しい」
イルカに聞くと、即回答がくる。
「罠解除の七つ道具が必要です」
「七つ道具って、自動販売機で売っているの?」
「ありますあります」
「山田さん、七つ道具ってのがいるみたい。戻って自動販売機を確認しよう」
仕方ない、七つ道具なるアイテムを確認し、手に入れるてからまた戻ってくればいい。15階に入ってまだ30分くらいだし、行って戻ってきてもそう時間はかからないから問題なし。
戻ろうとしたら、マーモットが宝箱の前で威風堂々を仁王立ちし、えらそうにのたまう。
『箱を開けるモ』
「箱を開けるには七つ道具がいるんだってば」
『武器を寄越すモ。その後、ブドウも寄越すモ』
「はいよ」
仕方ねえなあ。マーモットに蛍光灯を渡す。渡せば満足するだろ。
蛍光灯を受け取ったマーモットは正眼に構える。
蛍光灯が黄緑色に光り、山田さんがきゃーっと歓声をあげた。
ぶおんぶおん。
ずんばらと宝箱がバラバラになり、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
「罠もくそもないな。中身まで全部バラバラじゃないか」
『中身が必要なら最初から言うモ』
も、もういいや。一度戻ろう。