第18話 『神器』が憎いです。『降臨』はもっと憎いです
『神器』が憎いです。『降臨』はもっと憎いです
とイルカの恨みのこもった言葉を思い出していた。
そうか、「降臨」はもっとやべえのか。
ペーパーゴーレムに遭遇し、まずは吉田君が挑んだんだよ。最初の頃の俺並みにへっぴり腰で力も入っておらずこつんとヘパイストスの槌の先端が触れただけだってのに、ペーパーゴーレムを倒したんだ。
続いて山田さんも杖でこつんとするだけで、ペーパーゴーレムが……。
最初は腕が上がらなくなるまで叩いても倒すことのできなかったペーパーゴーレムが腰の入っていないどころか、振り下ろしてさえいないこつんで終わるなんて、辛い。
「これだけ鈍重な動きなら僕でもいけるよ」
「私も倒せちゃった!」
喜ぶ二人に精一杯の笑顔で返す。ひきつってなかったか心配だが、二人とも怪訝な顔をしていなかったからバレてないはず。
「あとは宝箱がその辺に落ちているから、開けるとガルドとかアイテムが手に入るよ」
ついでにダンジョンの作りと宝箱の復活についても説明する。
「ローグライクかあ。攻略するには大変だけど、安定的にガルドを稼ぐにはありがたいね」
「0時に構造が変わって宝箱も復活する……よし、覚えたわ」
ローグライクだけで理解するゲーマーな吉田君と考えた後、ぐっと両手を握りしめる山田さんが対称的でなんだかおもしろい。
「だいたいこんなところでレクリエーション終了だ。次からは各自で大丈夫そうかな?」
「大丈夫だけど、松井君が困らない?」
「全然問題ないよ。俺は下へ下へ向かってるんだ」
「2階から先もペーパーゴーレムが?」
「ううん、2階からはひょっとしたら危ないかも」
「そんな危険なところに行って大丈夫なの!?」
いやいや、とすぐに吉田君へ種明かしをする。2階以降のモンスターに対しては恐らく「忍び足」スキルの影響でモンスターに気付かれることなく一撃を入れることができるってね。
「忍び足が無しとなると襲ってくるんじゃないかって」
「2階のモンスターはペーパーゴーレムのように鈍重かどうかわからないってわけだね」
「二人には実感できなかったと思うけど、ペーパーゴーレムってくっっそ硬いんだ。武器スキル無し、バールで殴り続けても一向に倒せなくて腕があがらなくなる」
「耐久特化だから鈍重ってことかあ」
1階と2階の総パラメーターはそれほど変わらないと予想される。ペーパーゴーレムは耐久力だけにパラメーターを振っているからスピードが極端に遅い。
2階にいたのはネズミだっけか。ネズミがバランスよくパラメーターを振っていたとしたら、ほいほいと攻撃を回避できない可能性がある。
「話が見えないのだけど……一体どういうことなの?」
山田さんがゲーマー二人を前にはてなマークを浮かべていた。
「ええと、パラメーターが――」
吉田君がとってもわかりやすくゲーム的なパラメーターを説明して、山田さんも理解が進んだ様子。
「おお、分かりやすい!」
山田さんはぱんと手を叩き顔をほころばせる。続いて何かを喋ろうと唇を動かし、やっぱやめたと口を閉じた。
快活で言い淀むことなんてないと思っていたが、思い違いだったのかな?
なんだか親近感を覚えてきたぞ。言いたいことを言えない気持ちは痛いほど分かる。
「山田さん、言いたいことがあるけどまとまらないとか?」
俺ならこうだろうな、と思うことを意見してみた。
「え、ううん、そういうわけじゃないんだけど、虫が良すぎるというかなんというか」
「話が見えないけど……あ、1階だけじゃなく2階以降も行きたければご自由に。別に俺の所有物ではないし」
「その、1階のことみんなに教えちゃってもいいかな?」
「あ、え? もちろんだよ」
「ありがとう! これで食べて行くだけだったら待機組でも十分稼ぐことができるようになるわ!」
両手を握りしめられぶんぶんと上下に振られましてもどんな反応をすりゃいいんだ?
むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ。待機組と攻略組の話を聞いた時から、できれば待機組のみんなに1階のことを説明したいと考えていた。
二人を連れてきて問題なさそうだったら、と条件が付くけど。
現状は神崎君と榊君が中心となって攻略組と待機組の協定を結んだ上に、彼ら二人がガルドの大部分を稼いでいるからこそ成り立っている。
一見して安定しているように見える協定だけど、薄氷の上に成り立っているんじゃないかと懸念しているんだ。
何らかの理由で神崎君か榊君がしばらくの間ダンジョンに出ることができなかったら?
神崎君以外の「降臨」持ちが彼ら二人の数倍のガルドを稼ぐようになったとしたら?
少しのほころびから協定崩壊になりかねない。そうなると待機組にガルドが入ってこなくなり、困窮するだろう。
そこで保険として1階だ。1階をぐるぐるしているだけでクリアできるわけじゃないけど、飢える心配はしなくていい。
そのうち誰かが何とかしてくれる他力本願になってしまうが、少なくとも自分で生き抜くことができるようになることはできないより断然良いはず。
し、しかし、山田さん、そろそろぶんぶん振るのを終了してくれないものだろうか。
「あ、あの、山田さん、こ、こちらこそありがとう」
「私がお礼を言われるようなことなんてしてないよ?」
「い、いや、俺がみんなに説明とか、無理だから」
「変な松井くん。しっかり説明してくるね!」
あ、あはは。咄嗟に出たが本心を語ることができてよかった。
◇◇◇
「んーーー」
今日は1階にしか行っていないってのに慣れないことをしたせいか、いつもより疲れた気がする。
明日からはまたソロ……なのだが、俺は山田さんにあることを聞き忘れたのを後悔していた。
チーン。
お、彼女からいただいたカレーがあったまったぞ。こいつと炊飯器で炊いたご飯で、今日もカレーライスを食べられる幸せ。
「おいしいいい」
あれ、俺さっきまで何を悩んでいたのだっけ。
「ともあれ、カレーがうまい」
あっという間に完食し、手を合わせる俺なのであった。
※パーティプレイ? 残念、松井はこれからもソロです。