第16話 あれ、バールは俺だけ?
「この先安全エリア外になるから、手持ちの武器を出して欲しい」
いそいそとバールを取り出し握りしめ、二人に向け掲げる。
「松井君、行動が完全に危ない人だ」
「あはは。職質されちゃうー」
とまあ軽い冗談を交わしつつ、二人も武器を出す。
なんと手を振るだけで、彼らの手に武器が握られていた!
「え、え、ええええ!」
吉田君は家庭用大工道具でよく見るゴムハンマーぽいものを。もう一方の山田さんはステッキ? バトン?を握っている。
ゴムハンマーはご家庭でよくみる安っぽい作りをしていたが、バトンの方はアンティークな感じで細かい意匠がほどこされておりただものではない雰囲気を醸し出していた。
「松井君、神器はいつでも出したり引っ込めたりできるんだ」
「持ち歩かなくていいのは便利だなあ。普段は謎空間に収納されているのかな?」
「謎空間! ははは、言い得て妙だね! 離れたところにあっても収納でき、手元に引き寄せることもできたりするよ」
「そいつは便利だ!」
神器すげえ。吉田君と入れ替わるように山田さんがくるんとバトンを指先で回転させながら、口を挟む。
「これは再起の杖、という神器よ。攻撃用の武器じゃないからそれほどのパラメーターじゃないけど、腐っても神器だから通常武器よりは強いわ」
「そのバトン……杖は只者じゃない雰囲気が出てる」
もう一方のゴムハンマーに比べると見た目の違いが明らかだもの。しかし、ゴムハンマーの方が武器としては高性能だった。
吉田君が「見てて」と告げ、ゴムハンマーがにょきにょきと伸びて工事現場で見るような長柄の鉄ハンマーに変わったんだ!
「僕の方は『ヘパイストスの槌』。山田さんと同じく攻撃用の武器じゃないけど、槌であれば長さも見た目も変えることができるんだ」
「すげええ。神器すげええ」
出したり引っ込めたりできる、とか、変形できるとか、なんて男心をくすぐる仕様なんだろう。
ん、二人とも気になることを言っていたな。
「攻撃用じゃないって言ってた?」
「うん、私の再起の杖はある能力を持っているの。吉田君も同じくよ」
山田さんの持つ再起の杖は対象の時間を巻き戻す能力というとんでもないものだった。
だがしかし、時間を巻き戻す、と言われてもピンとこない。首を捻る俺に向け彼女はコロコロと笑い、指を一本立てる。
「要は回復能力よ。うーんと、骨折したとして『骨折前』に戻す、感じ」
「お、おお」
「ただ、対象が生きていないとダメだから、無茶は禁物よ」
「お、おう……」
大怪我を負ってしまっても、山田さんに治療してもらえば即復帰できるってことか。
もし足を骨折したらダンジョンに挑めなくなり、ガルドも稼げず死活問題になる。山田さんがいれば、その心配がなくなるから彼女がいるといないじゃ安心感が天と地だよな。
「どうしたの? もし松井くんが怪我したら治療するよ」
「いや、そこじゃなく。攻略組と待機組って、『戦えないから』ガルドを分け与えるだけじゃなく、『サポートを頼む』からだったんだな」
「榊くんは松井くんの考えたことを言っていたよ」
「さすが榊君だ。ゲームってものをよく分かっている」
ディープダンジョンはクラスメイト全員と複数のプレイヤーが参加するゲームぽい世界である。複数人で協力するタイプのオンラインゲームは戦闘職と生産職に別れることが多い。
戦闘職は文字通り攻略を進める人たちなのだけど、彼らだけじゃ攻略を満足に進めることができないんだ。生産職から装備やポーションなどのアイテムを買うことで戦闘能力を強化する。
ゲームぽい世界なら、戦闘に向いたガチャとサポートに向いたガチャがあると考えるのが自然だ。
どちらにも向いていないガチャもあるのだろうけど、そんな彼らも救済するために榊君がうまく言ってクラスメイト全員をまとめあげたんだろう。
「山田さんと違って、僕は攻略組のお役に立てることはないんだよね」
吉田君が自虐するようにやれやれと肩をすくめる。
彼の持つヘパイストスの槌は最高レベルの鍛冶能力だった。鍛冶能力といっても武器作成のみなんだって。
イルカにスキルのことを聞いた時に鍛冶スキルがあることは分かっていた。熟練度を上げるには炉が必要だって言うし、炉をどうやって準備するのか不明。
その上、素材が必要ときたら選択肢から外さざるを得なかったよ。他にも錬金術とか合成とかもあるのだが、そっちの方がまだ現実的だったなあ。
と、俺のことは置いておいて、武器作成が役に立たないなんてことはないだろ。
オンラインゲームの生産職でも武器作成は一番人気なんだぞ。
「松井君も結構ゲームをやる方? 鍛冶って生産じゃだいたい一番人気だよね」
「そそ、それがなんで役に立たないのか」
「防具も作ることができたら神崎君用の装備は作れたのだろうけど」
「あ、みんな降臨で神崎君も神器だから武器は強化できる限界より強かったりするのかな?」
正解だったようだ。
神器や降臨で持っている武器は生産で強化可能な限界より強い。攻略組は最初から生産限界より強い武器で固めているので、武器作成の出番がないってことだ。
何と悲しい事実……。
「そうだ、松井君、君のバールを強化しようか?」
「俺、素材とか持ってないよ」
「素材? ヘパイストスの槌は素材なんて必要ないんだ。武器によって強化限界はあるみたいだけど、強化限界まで強化可能だよ」
「是非お願いしたい!」
バールを彼に手渡す。彼がコンコンとヘパイストスの槌でバールを叩いたら、もう強化が終わった様子。
お手軽に過ぎるだろ!
戻ってきたバールのステータスを見てみたらバール+10になっとった!
「すげえ、ありがとう!」
そうそう、吉田君はスキル枠が二つ最初から埋まってて、初期レベルも20なんだと後から教えてもらったんだ。
2つのスキルは担い手と鍛冶なんだってさ。担い手は武器を扱うスキル専用スキルだと思う。山田さんも持っているスキルだったから。
「話が長くなってしまったけど、この先はモンスターがいるから注意してくれ」
さあて、いよいよペーパーゴーレムとご対面の時がやってきた。