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第98話 裂け目に潜む者

フィルメリア北部──練兵区域。その一角に設けられた古戦場跡の訓練場では、リクの影がいつにも増して不気味な波動を放っていた。


「……影鎖契、発動」


リクが静かに言葉を紡いだ瞬間、彼の足元から複雑な魔法陣が浮かび上がり、黒紫の鎖が地面を這うように伸びていく。


鎖は空間を裂くように躍動し、標的の模造魔物に巻きついたかと思えば、その魔力核を砕いて沈黙させた。


「制圧完了。約4.2秒──前回より0.7秒短縮」


隣で記録していたエリナがつぶやく。その瞳は理知的な光を宿し、術式の変化を一つ一つ精査していた。


「影鎖契は通常の影術と違い、相手の“意思”に干渉する性質を持っている。これは契約魔法と精神魔法の中間に位置する可能性があるわ」


「つまり、支配だけじゃなく、抑制や保護にも使えるってことか」


リクのつぶやきに、カイルが腕を組んでうなるように応じた。


「それが事実なら……確かに、戦術にも政治にも使える。だが同時に、危険だ。相手の心に触れる魔法なんて、下手をすれば──」


「狂う」


言葉を継いだのは、訓練場に現れたフィルメリアの監察官、マリク・ヴェイロンだった。銀髪の男は警戒心を隠さず、リクの影を睨みつけている。


「その魔法、どこで得た?」


「……遺跡で手に入れた書物から、自分で編んだ」


「ふむ。だが、君の影──“反応”している。単なる模倣では説明がつかない力だ。何かに“呼ばれている”のではないか?」


マリクの言葉に、リクの背に潜む影が、わずかにざわついた。その揺らめきは、確かに“誰か”の気配を孕んでいた。


(……ユウの件だけじゃない。これは、もっと深い場所から来ている……)


その夜。


フィルメリア中央図書塔の一室では、上層部の密会が行われていた。


「影鎖契……あれは本来、研究中止にされた旧王都研究班の成果だ。なぜあの少年が……」


「おそらく、彼は“繋がっている”。過去と、我々が切り捨てた闇と」


「となれば……“処理”するか?」


「待て。まだ使える。だが、監視は厳重に」


一方で、リクたちのもとには新たな協力者が現れつつあった。名はメリア・ファイン。学術組織に所属しながらも、裏の記録保持者として影鎖契に関する禁書を管理していた人物だった。


「あなたの影は、確かに“契りの核”を持っている。もし本格的に応用を始めるなら──“自我”の侵食に耐えられるかが鍵よ」


「……影が自我を持ち始めてることは、感じてる。俺の指示だけじゃ反応が鈍る時がある」


「それは危険な兆候。影が“君を選ぶ”側に回ろうとしている証拠」


会話の間、訓練場の影からひとつの小さな震えが走った。だが誰も気づかない。


それは裏切り者の視線だった。内部の一人が、王国直属の諜報機関と繋がっている──その証明が、まさにこの影の震えだった。


次の夜。施設地下、影の牢にて。


マリクは誰にも知られず一人、旧王都から持ち出された封印書を開いた。


「“影鎖契・第二段階”……この力、再現できれば……いや、支配できれば」


彼の眼差しには、冷たい欲望の色が宿っていた。


だがその時、彼の背後で、誰かの影が音もなく動いた──。


物語は、裏切りと契約が交差する闇の深層へと向かっていく。

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