第97話 開かれる扉
フィルメリア中央書庫の奥深く。
幾重にも封印された鉄の扉が、重い音を立てて開かれた。リクとユウ、そしてアルマは、その奥に広がる地下区画へと足を踏み入れた。
冷たい空気が頬を打ち、薄暗い石造りの廊下には魔法の光球が等間隔に浮かび、淡い光を放っている。
「……ここが、禁書の間」
アルマの声が低く響く。その視線の先には、無数の棚に封じられた書物が整然と並んでいた。封呪が施された鎖が一冊一冊に巻かれ、その中央には一際異質な存在が鎮座している。
それは──影の契約に関する最古の記録、『影律書』。
「この書には、影との契約理論の根幹が記されている。かつて王国の禁忌とされた知識……だが、今の君たちなら、読む資格がある」
アルマは静かに手を差し伸べ、封呪を一つ一つ解除していく。
その様子を見つめるユウの瞳には、複雑な色が浮かんでいた。
「……あの時、僕はただ、壊すだけの存在だった。影を振るえば全てが沈黙する。それが『第零式』としての僕の本質だった」
リクはその言葉に首を横に振った。
「違う。お前はもう“第零式”じゃない。名前を取り戻し、自分の意志で進もうとしている。だからこそ、ここに来たんだ」
ユウは小さく笑い、うなずいた。
封印が解かれた瞬間、書から黒い霧のような魔力が立ちのぼる。それは意志を持つかのように周囲を旋回し、リクの足元にまとわりついた。
「……これは?」
「書に宿る“影の理”よ。試されているのよ、リク。君がその力を制御できるかどうか」
アルマがそう言うと同時に、書の魔力が渦を巻き、影の精霊が具現化する。
その姿は鎧を纏った騎士のようであり、瞳には異質な紅い光が宿っていた。
『契約者よ……汝に問う。影を力とするに足る、心の闇を持つか?』
リクは一歩前に進み、深く息を吐いた。
「……持っている。喪失、怒り、後悔、そして希望。それら全てが、俺の影だ」
騎士の目が細められ、次の瞬間、その影剣がリクへと振り下ろされた。
ユウが動こうとしたが、リクは右手を上げて制止した。
「いい、俺が……自分で受け止める!」
リクの影が地面からせり上がり、騎士の剣を受け止める。激しい衝突音と共に、空間が震えた。だが──影は揺るがなかった。
『……見事。汝の影は、すでに一個の“意思”を有する』
影騎士は剣を引き、深く膝をつく。そしてその身は黒い粒子となって消えていった。
「……これで、認められたのね」
アルマが微笑む。
リクは書を手に取り、ゆっくりとそのページをめくった。
そこには、新たな契約魔法『影鎖契』──影と完全に同調し、一時的に人格融合する術式が記されていた。
「これが……“影の完全融合”」
ユウはリクの肩に手を置く。
「リク、君ならできる。君の影は、もう恐怖じゃない。可能性だ」
その言葉に、リクは静かにうなずいた。




