第96話 封じられた書庫
フィルメリアの旧文書棟。その奥深くに位置する、王国からも存在を秘匿された禁書の保管庫。
そこは、千年前の契約文書や未解読の魔法理論、そして影に関する禁忌の記録が眠る場所だった。
「ここが……『封じられた書庫』」
リクは厚い埃にまみれた扉の前で立ち止まった。アーリンが手にしていた封鍵が静かに光を放ち、扉の魔術封印が解けていく。
「この奥には、影と契約を交わした者たちの痕跡が残っている可能性がある。だが同時に、それを利用して力を得ようとした者たちの記録もだ」
アーリンの声には警戒が混じっていた。書庫に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。冷たい魔力の残滓が空間に漂い、ユウは思わず肩を震わせた。
「まるで……誰かの怨念みたいだ」
「実際、その通りだよ」
静かに現れたのはアルマだった。彼女は背後から静かに現れ、扉を閉じる。
「影との共生を目指した者もいた。でも、王国はそれを『危険』と断じた。理由は単純。制御できなかったから」
アルマは壁際に残る古代語の碑文を指差す。
『影に名を与える者、運命を織り直す者なり』
「影は、本来“名”を持たない存在。けれど名を与えられた瞬間、その者は“意思”を持ち始める」
リクはその言葉に、かつてのユウとの対話を思い出す。
名を与えること。それは同時に、責任を負うことだった。
書庫の最奥、黒鉄の棚に収められていた一冊の書があった。
『ノイン・フォーマ:第九影位階の研究』
それは王国の記録に存在しないはずの、影の力を高位階まで昇華させた古代魔術理論だった。
「この本……記録によれば、実際に“影の王”と契約し、都市を掌握した魔術師がいたらしい」
「でも、書物の記録者――セラフィム・クレイドは、歴史上から抹消されている。おそらく、王国によって」
アーリンの声が重く響く。
リクは本を手に取る。書の背表紙に刻まれた文字が、まるで生きているかのように脈打った。
「リク……気をつけて」
ユウの声と同時に、書庫の外から爆音が響いた。
「くそっ、またか!」
カイルの叫びとともに、書庫の扉が強引にこじ開けられた。現れたのは──ヴァルスの部下たち。
「影を手にした者など、存在してはならぬ! お前たち全員、王の名のもとに拘束する!」
アーリンが瞬時に防御障壁を展開し、リクはノイン・フォーマを背中に隠した。
「ユウ、頼む。影を展開して、時間を稼いでくれ!」
「うん!」
ユウの影が空間全体に広がり、視界を覆うほどの闇が発生した。混乱の中、リクたちは書庫の秘密の通路を抜けて脱出を試みる。
「俺たちは、もう“真実”を知ってしまった。だからこそ、前に進むしかない」
リクの瞳は、黒い炎のように燃えていた。
封じられた書庫。そこに眠る知識と力は、世界を変える希望か、それとも新たな破滅か──
その答えは、まだ誰にもわからなかった。




