第95話 知の渦、白き意思
フィルメリアの黄昏が、書院の高塔に赤い影を落としていた。
崩れた講堂の隅で、リクたちは息を整えていた。ユウは無事だったが、精神的な疲労が色濃く刻まれている。アルマは沈黙を守り、書類の山を睨んでいた。
「……予想以上に早かったな。王国の内通者が、ここまで深く入り込んでいるとは」
リクが低く呟く。ヴァルスの行動は組織的で、単なる裏切りではなかった。
「書院の内部構造、研究資料、影の収容法……全てが王国側に渡っていたとすれば、この都市の機能は……」
アルマが言葉を切った。
そのとき、部屋の扉が控えめに叩かれた。
「リク殿、アルマ博士、理事会からの緊急招集です」
現れたのは、書院の若き司書、ルアだった。彼女の手には封書が握られている。
「理事会……まだ君らを信じてくれてるのか?」とカイルがつぶやく。
「違うな。たぶん、試されるつもりだ」リクは答えた。
*
理事会の議事堂は、厳かな沈黙に包まれていた。半円状に並んだ七人の賢者。その中央で、リクとアルマは立たされていた。
「影の共生、それ自体を否定するつもりはありません」
そう切り出したのは、老齢の賢者ゲルメスだった。だがその目は厳しく細められている。
「だが、暴走の事実がある以上、外部者の主張を鵜呑みにするわけにはいかない」
「それは当然の懸念です。ですが……ユウは影に飲まれかけながらも、あれだけの制御を成功させた。これは一つの進歩です」
アルマが冷静に応じる。
「ならば、さらに証明していただきたい。明日、理事会にて再度の影制御を実演していただきます」
明確な指示。だがそれは警告にも等しかった。
リクは静かに頷いた。
「……やりましょう。俺たちは逃げるつもりはありません」
*
夜、書院の裏庭。
リクはひとり、木の根元に腰を下ろしていた。影は静かにその背後に揺れている。
「……仲間を信じるって、難しいな」
ぽつりとこぼれた独白。
ユウの力、カイルやエリナの支え、アルマの知性。
それでもこの都市には、何層もの虚偽と疑念が重なっていた。
「……リク」
振り向くと、そこにはルアがいた。司書服を脱ぎ、白いローブをまとっている。
「ルア……?」
「あなたに伝えたいことがあります。フィルメリアには“もう一つの理事会”が存在します」
リクの目が細められた。
「影の力を封印ではなく、“軍事利用”するために暗躍する派閥。それが“白塔協議会”」
ルアは静かに言った。
「私はかつて、その一員でした」
重苦しい沈黙が流れる。
「……なぜ、今話す?」
「あなたたちを見ていて、信じたくなったんです。影は恐れるものじゃない。共に在るべきもの。そう証明しようとしてるあなたたちを」
リクはルアの瞳を見つめた。
それは、真実を語る者のまなざしだった。
「明日の再実験、協力させてください。あの場所に、“協議会”の密偵が紛れています。私は、そいつを突き止めます」
──夜の影が深くなる中、静かに覚悟の火が灯っていく。




