第92話 交差する策謀
三日後。
リクたちは一時的に散開し、各自が接触可能な人物や都市に向かって情報と協力を求めることとなった。
リクはユウと共に、北の都市国家フィルメリアを目指していた。そこは王国とは距離を置く中立都市であり、古代契約魔法の研究者が集う“知識の殿堂”と呼ばれる学術組織が存在していた。
「ここなら……影の契約について正当に議論してもらえる可能性がある」
ユウはまだ体調が万全ではなかったが、自らの意志で同行を選んだ。過去の自分を知るため、そして影がただの兵器ではないことを示すために。
旅路の途中、二人は王国兵の検問をいくつか潜り抜けた。変装と影術を駆使しての潜入だったが、以前のリクであれば到底無理な芸当だっただろう。
「ねぇ、リク」
焚き火の前で、ユウが不意に問いかけた。
「影ってさ……どうして“人の心”にこんなに反応するんだろう」
「それは……影が“意志の残響”だからじゃないかと思ってる」
「残響?」
「人が見せない本音とか、忘れようとしてしまった痛みとか。そういうものが、影に宿る。だから影に触れるってことは、“自分の真実”に触れることなんだ」
ユウはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「じゃあ……僕も、まだ人間なんだね」
リクは強く頷いた。
「もちろん。……影を宿してることは、決して呪いじゃない」
その夜、谷から追ってきた残党の気配を感じたリクは、密かに影を放ち、追跡者の動きを探った。
三人。王国軍の私兵と思われる身なり。
「王国の“監視網”がすでに俺たちの動きを把握している……」
リクはユウを起こさぬように離れ、追跡者たちの動線を読み切って一人ずつ無力化した。だがその最後の一人から、思いもよらぬ言葉を聞く。
「……お前、あの“影の少年”を連れてるんだってな……王都じゃ、もう懸賞首扱いだ」
「何……?」
「第零式因子の“サンプル”を逃がした罪は、重罪だ。王国上層部じゃ、“抹消命令”が下ってる……」
リクは男の襟元を掴み、詰め寄った。
「誰が……その命令を?」
「俺はただの伝達役だ……でも、聞いた名前がある。“蒼衣の枢機官”──王政枢密院直属の影術師、アルマ・ベレル」
その名を聞いた瞬間、リクの背に冷たいものが走った。
「アルマ……兄を最後に見たとき、隣にいた女だ……」
王国影術研究の最高責任者であり、セインに“因子の再活性”を施したという噂もある女。
「ユウが狙われてるのは、因子の暴走だけが理由じゃない。……“誰か”がその存在自体を脅威と捉えてる」
翌朝、リクはユウに真実の一部を伝えた。
「……君の中にある力は、王国にとって“危険な真実”なんだ。だから消そうとしてる」
ユウは怯えた様子は見せなかった。ただ、深く息を吸い込み、こう言った。
「……なら、僕はなおさら生きて、証明しなきゃ」
リクはその言葉に、小さく頷いた。
「絶対に、君を守る。そして、君が“人”である証明を、世界に突きつける」
フィルメリアまではあと一日。
だがその街でも、彼らを待つのは歓迎だけではない。




