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第91話 傷と灯火

転移が完了した瞬間、全員が膝をついた。


光が消えた場所は、かつて王国が放棄した巡礼者の礼拝所跡地だった。崩れかけた石造りの柱と割れた祭壇、そして苔むした床が、過去の静寂をそのまま残している。


「全員……無事か……?」


リクが声を絞ると、すぐにエリナが答えた。


「ユウは無事。私たちも……少し擦り傷程度で済んだわ」


カイルが重たい剣を脇に置きながら座り込んだ。


「くそ……影の軍団まで出してくるとは思わなかった……」


「……セインも、あれで完全に“向こう側”の存在になったな」クローネが低く呟く。


リクは黙ってユウの方へ歩み寄った。まだ息は荒く、顔色も優れないが、意識はある。


「……リク」


「ここはもう安全だ。君の体にも影の反応は出ていない。完全に……収束している」


ユウが小さく首を振る。「……僕、まだ……怖いよ」


リクは頷いた。「それでいい。怖がれるってことは、君が人間だって証拠だ」


「……戦いが、終わったわけじゃないんだね」


「いや、むしろここからが“始まり”だ」


リクは皆の方を見渡す。


「セインは“影の兵器化”を完成させた。第零式因子を応用した新世代の影融合。それを王国が全面展開すれば、影はもう“人の力”じゃなくなる。……ただの戦争道具だ」


カイルが拳を握りしめた。「そんなの……絶対に許せない」


「でも、今の私たちに正面からぶつかっても勝てない。王国は今、リクたちを“公に排除対象”として動き始めてる。私たちの影契約すら、禁術認定される可能性がある」


クローネの指摘に、リクは深く頷く。


「だから、必要なのは“正当性”だ」


「正当性?」


「俺たちの目的は“セインの排除”でも“影の破壊”でもない。……“影と共に生きる”という未来の証明だ」


リクは腰から巻物を取り出す。かつて父が遺した影祈祷書。その中には、共生型契約の理論と応用が断片的に記されている。


「王国が影を兵器としてしか見ないなら、俺たちは“生き方”として影を提示する。そうしなければ、この争いは永遠に終わらない」


エリナが口を開いた。「それって……つまり、民間やギルド、王都の学士団とかに協力を求めるってこと?」


「そうだ。まずは、王国に依存していない知識層や中立都市の首長たちにアプローチする。……影が“悪”じゃないことを証明するために」


カイルが立ち上がった。「じゃあ、俺は南部の自由都市に知り合いがいる。ギルド幹部で、影契約に理解のある奴だ。紹介状も書いてやれる」


「私は王都の図書院に繋がりがあるわ。表立っては動けないけど、禁術指定に反対している研究者がまだいる」


リクは微笑んだ。「……ありがとう。これからが本当の戦いだ」


そのとき、ユウがそっとリクの袖を掴んだ。


「僕も……一緒に行っていい?」


「……もちろんだ。ユウ、お前がいたから俺たちは“影に希望がある”と信じられた」


ユウは微かに笑い、背後の影が静かに寄り添うように揺れた。


影は、もはや恐怖ではなかった。灯火のように、小さな温もりを持って寄り添っていた。


それは、リクたちの旅路の次なる始まりだった。

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