第83話 影を識る者たち
村へ戻る道中、リクは巻物を広げながら歩いていた。
『影と共に歩む者は、影と等しき理を知れ。影は意志なきものに従わず、恐れに屈す者を試す。だが、愛をもって臨む者にこそ、影は真に応じる』
手書きで綴られたその文面は、まるでリクに向けた預言のようだった。
影の王として契約を交わした今なら、確かにこの理屈が“感覚”として理解できる。
(支配じゃない。対話……それが“真の魔物使い”)
だがその理を理解することと、活かすことは別だった。
「――リク」
エリナの呼びかけで思考を戻す。彼女の隣には、カイルの姿もあった。
「すまない。二人とも、来てくれて助かった」
「やっぱり、今のお前は昔と違うな。助けを求めるのがうまくなった」
カイルが茶化すように笑い、エリナが微笑を浮かべる。
だが、表情はすぐに硬くなった。
「……リク、村の裏山に“誰か”が入っていくのを見たっていう報告があった。村の子供が、赤い服を着た冒険者たちを見たって」
「……セインたちか」
かつての冒険者仲間。
試験の最中、魔物を使ってリクたちを殺そうとした者たち。
今や彼らは表のギルドでは姿を見せず、特別任務や“非公開の派遣”に関与しているという噂が広まっていた。
そして――彼らの目的もまた“影”に関係していると。
「奴らは、父の研究を狙ってる」
「研究……って、影の制御法?」
「違う。“影の移植”だ」
リクの言葉に、二人の表情が凍る。
「父はかつて、死にかけた兵士に“影の因子”を移して延命させた。だが成功したのは一人だけだった。……兄さんだ」
「え……」
「兄さんは一度死にかけた。でも父が助けた。代償に……兄は“人ではない力”を宿した」
それが、王国にとっては“使える道具”だった。
リクは拳を握った。
「セインたちの目的は、その技術の再現だ。影を他者に移植し、操ること。魔物使いの力を、誰にでも与えることができるなら――」
「……軍が動く」
カイルが呟く。
「いや、もう動いてる。問題は、セインたちがそれを“試して”いること」
リクは巻物を閉じ、腰の鞘に手をかけた。
「行こう。村の裏山に気配がある。おそらく、実験か資料の回収。間に合えば止められる」
「俺も行く」
「私も」
二人の声に、リクは力強く頷いた。
――もう一人じゃない。
三人は森の奥へと足を踏み入れた。
やがて、土と血の混ざった匂いが鼻をつく。
「リク、あれ……!」
木々の間に広がる小さな祭壇跡。
そこには、黒い衣をまとった数人の冒険者たちが、何かの装置を操作していた。
「セイン……!」
リクの呼びかけに、男の一人が振り向く。
金髪に冷たい蒼い瞳。嘲るような笑みを浮かべて、彼――セインは口を開いた。
「よう、無価値くん。随分と立派になったじゃないか。……でもね、君の時代はもう終わったんだ」
影が蠢く。
次の瞬間、戦いが始まる。
だがそれは、ただの力比べではなかった。
影を巡る“価値”の奪い合い――
それは、過去と未来をかけた戦いの幕開けだった。




