第82話 封じられた祈り
森の奥へ向かう道すがら、リクは四年前の自分を思い出していた。
当時の彼は、誰にも頼らず、影と自分だけで世界に立ち向かおうとしていた。
だが今は違う。
影と歩みながらも、彼には信じられる仲間がいた。
クローネ、バルド、カイル、エリナ。
彼らは利害ではなく、リク自身を信じて共にいてくれる。
(……でも、これは俺の原点だ)
リクは森の深部、巨大な祠の跡地へと足を踏み入れる。
かつて父が「影との契約儀式」を研究していた場所。今では苔むし、崩れかけた石柱がわずかにその面影を残すばかりだった。
だがリクは、そこに“気配”を感じた。
「……誰かいるな」
影が警戒のうねりを見せた瞬間、木陰からローブをまとった男が現れた。
「久しいな、リク・ハルト」
声に聞き覚えはなかった。だが、その雰囲気には既視感があった。
「……あんた、誰だ?」
「この村の古き教義を継ぐ者……いや、君の父と幾度か言葉を交わした者、と言えばわかりやすいか」
「神官……か?」
男は頷いた。顔の大半を覆うフードの下から、老いた声が続く。
「君の父は、“影”を従える方法を知っていた。だが、それは支配ではなかった。共存の契約――それこそが真の力だと、彼は信じていた」
リクはゆっくりと男に近づく。「なら、なぜ父は殺された?」
「……それを恐れた者がいた。影を“兵器”として使いたいと望む者たちがな」
その言葉に、セインたちの冷たい瞳が脳裏を過った。
「君はもう一人で背負うべきではない」
男がリクを見据える。
「力がある者が孤独を選べば、いつかその力に呑まれる。だが、支えてくれる者がいれば……」
その言葉の続きを、リクは口にした。
「……その力は、生きる理由になる」
神官は微笑み、懐から古びた巻物を取り出す。
「これは君の父が遺した“影の祈祷書”の写しだ。完全ではないが、契約の理論、影の安定化の記録が記されている」
「これを……なぜ、今俺に?」
「本来なら、もっと早く渡すべきだった。だが私は臆病だった。君が影に呑まれるかもしれないと恐れていた」
リクは静かに巻物を受け取った。
「もう、呑まれたりはしない。俺の影は、俺自身の一部だから」
そのとき、遠くから馬の蹄の音が響いた。
影がざわめく。
リクは目を細める。「……誰かが来る。これは、偶然じゃない」
神官は急いで祠の奥へと退きながら告げた。
「この場所は、もう安全ではない。もし影の理論を奪おうとする者がいれば、それは間違いなく“奴ら”だ」
「奴ら……セインたちか」
リクは巻物を胸に抱え、祠の外へと向かう。
その背中に神官が声をかけた。
「仲間を信じよ。影と共にある君は、決して一人ではない」
――その言葉が、リクの胸に静かに染み込んでいった。
森の出口で、エリナが待っていた。
「やっぱり、来ると思った」
リクは苦笑し、肩をすくめた。「……頼りないな、俺は」
「いいの。あなたが“頼る”って決めたことの方が、嬉しい」
リクはエリナと並び、森を出る道を進む。
巻物を握る手には、かつての孤独とは違う力が宿っていた。
影は、もう一人の彼ではない。
共に生きる仲間――そして、それは彼の“選んだ未来”だった。




