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第81話 語られざる夜

翌朝、リクはまだ薄暗い村の通りを歩いていた。村人たちは彼を避けるように視線を逸らし、誰一人として挨拶を交わす者はいなかった。


「この空気……まるで“見られている”ようだ」


気配を感じたリクは、背後の影に囁いた。「……動きを探れ。俺の背中に何かが張り付いている」


影は静かにうねり、地面を這って周囲を探り始める。数秒後、路地裏の物陰に潜んでいた二人の村人が影に気づき、慌てて姿を消した。


「監視、か……」


リクは冷笑する。「昔と何も変わっていない」


だが、今回の訪問は感情的な復讐ではない。リナの死、父と兄の死――あの一連の事件に“誰か”が関与していたという確信が、影の王となった今の彼にはある。


リクは村の外れにある一軒の家へ向かった。


そこには、かつて村の記録を管理していた老いた文官、トワ老人が住んでいるはずだった。


ノックの音に、しばらくしてギギギと軋むように扉が開く。


「……誰だ」


白髪と皺に覆われた顔が現れる。リクが名乗ると、老人の目がわずかに細くなった。


「お前が……戻ってきたか。影に呑まれなかっただけ、骨はあるらしい」


「話がしたい。村の記録に、リナ、父、兄の名が載っているはずだ。事件当時、何があったのか教えてくれ」


トワはしばし沈黙した後、扉を開けた。「入れ。……あれから、ずっと心に引っかかっていた」


埃をかぶった書棚と古文書の山。トワはその中から一冊の革張りの帳面を取り出した。


「これが事件当時の記録だ。だが、奇妙なことに気づいたのは“空白”だ」


リクが目を通すと、事件のあった日の前後三日間だけ、記録が完全に消えていた。


「……意図的に消された?」


「誰が、何のために?」


トワは低く唸るように言う。「おそらく、村の上層部……だが、奴らにも力が足りなかった。記録の消去には“外部の魔導印”が使われていた」


リクは目を細める。「……外部? まさか」


「お前、ギルド試験のときに“セイン”という男を見ただろう?」


「……ああ。だが、なぜセインが関係する?」


トワはリクに、一枚の封を施された古い羊皮紙を渡した。「これは記録が消される直前、私の家の前に置かれていた。誰かが私に“記録を残せ”と伝えたかったのだ」


リクが封を開くと、そこには丁寧な筆致でこう記されていた。


『魔物使いの血統は、この村では邪魔なのだ。消す必要がある。その力は、“あの男”の手に渡るべきではない』


震える手で書かれたその言葉。


「“あの男”って、まさか……父さんのことか?」


トワが頷く。「お前の父は、村の外では“制御された魔物使い”として王家に重用されかけていた。だが、村の旧派にとっては脅威だった。だから――」


「始末された……」


リクの拳が震えた。


「兄もまた、王国軍で頭角を現していた。だから、村にとっては“異物”だったのだ」


そのとき、家の外から鈍い音が聞こえた。


リクがすぐさま影を操り、周囲を確認させると、屋根の上に人影。


「……見られていたな」


リクは羊皮紙を懐にしまい、トワに告げた。「ありがとう、これは大きな手がかりだ。……だが、用心して。村はもう“ただの集落”じゃない」


「知っているさ。……影が戻ってきた時点で、すべてが変わったのだ」


リクはトワの家を後にし、森へ向かう。


その奥には、彼の父がかつて研究していた“魔物使いの契約儀式”の痕跡が残っているはずだった。


だがその森には、既に“他の影”が蠢いていた。


セインたち。


彼らの気配が、森の底で不気味に膨らみ始めていた。


――次にリクが踏み込むのは、影だけでなく、王国と村が隠した“巨大な罪”だった。



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