第67話 風穴に射す光
仮面の再演によって暴かれた偽りの命令。街の中枢に潜む腐敗の影が白日の下に晒されたあの日から、数日が経過した。
ヴェラーノの空気は変わった。街中では筆談や魔法通信が試験的に導入され、混乱はあったものの、少しずつ新たな信頼の形が芽生えつつあった。
リクはその日、街の広場に立っていた。仮設された掲示台には、政治改革案が貼り出され、市民たちが真剣な表情でそれに目を通していた。
「……思ったよりも、ちゃんと見てるんだな。」
背後から聞こえた声に振り向くと、クローネが立っていた。今日は珍しく、装飾の少ない実務服姿だ。彼女の目も、わずかに柔らかい。
「あなたの提案、ちゃんと通ったわよ。『意思の透明化法案』。まだ草案だけど、反対は少なかった。」
リクは少し驚いた顔をした。
「てっきりまた、裏で握り潰されるかと思った。」
「握り潰すほどの“権威”が、今はもう存在していないのよ。」
広場の一角では、市民と魔族が並んで水路の修繕を行っていた。かつては分断されていた両者の間に、確かに風通しの良い空気が流れていた。
そのとき、一人の少年が駆け寄ってきた。
「リクさん! 学校の先生が言ってたんだ、声がなくても伝わる心があるって!」
リクは目を細め、少年の頭を軽く撫でた。
「そうだな。お前らが大人になる頃には、もっとちゃんと伝わるようになってるかもしれない。」
少年は笑いながら走り去っていった。その背を見送るリクの表情には、久しくなかった温かさが宿っていた。
その夜、リクは金ぴかの屋敷に呼ばれた。
「おう、ようやく来たか。俺様の活躍ぶりを見てくれ!」
豪勢な料理に囲まれた金ぴかは、やたらとテンションが高かった。
「……何をしたんだ。」
「市民の前でな、あの腐敗議員どもを追放する“演説劇”をやったんだ! 見ろ、この拍手の記録!」
彼は誇らしげに魔法記録の映像を見せた。確かに、街の広場で彼が“即興芝居”を披露し、観衆が沸いている様子が映っている。
「お前……それで信用を取ったのか……?」
「市民にとって必要なのは正義だけじゃない! 勇気と笑いと、そして……派手さだ!」
リクは呆れながらも、心のどこかでその戦略を否定できなかった。
「まぁ……いい方向には進んでるってことか。」
「そうだとも! お前の仮面の力、俺の劇場魂、クローネの冷徹さ! 最高の布陣だ!」
リクは鼻で笑った。
「じゃあそのまま、しばらく“劇団ヴェラーノ”を続けろ。俺は次の問題に向かう。」
金ぴかが怪訝そうに眉をひそめた。
「次?」
リクは小さくうなずいた。
「魔族領の北、未踏の交易集落──そこで“声を持たぬ魔王”が現れたって情報が入ってる。たぶん……また、黙魔系だ。」
金ぴかの表情が険しくなった。
「お前、また危ない橋を──」
「もう決めた。あれは、放っておけない。」
リクは立ち上がり、ゴルムと影狼を呼んだ。
「行こう。まだ、伝えるべき言葉がある。」
そして、静かに扉を開けると、夜の風を背に、新たな旅路へと歩き出していった。




