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第65話 声なき告発

ヴェラーノの朝は、いつも通りの喧騒とともに始まった。市場では商人たちの叫び声が飛び交い、市民は新鮮な果物や魚に手を伸ばしていた。


だが、その賑わいの裏で、リクは静かに動いていた。昨日の出来事──封印されていた“記憶の仮面”の発見と、それにまつわる「記録の再演」の力──が、彼の中に強烈な疑念と警戒を植え付けていた。


「黙魔……。それはただの観察者じゃない。過去の感情、記憶、そして『痛み』をなぞって、人間の真似をしてる……」


その朝、リクは情報管理局の責任者・クローネの元を訪れた。彼女は厳格な魔族でありながら、理知的な判断で内政の要となっていた。


「リク。あなたの報告書、読ませてもらったわ。でも……これは、内政の範疇を超えてる。」


クローネは重たい目で言った。その背後には、黒衣の監視者たちが控えていた。彼らはヴェラーノの情報と安全の最後の砦。リクが提示した記録は、街の根幹を揺るがしかねない危険性を孕んでいた。


「都市中の“声の記録”が、黙魔によって模倣されている可能性がある。言葉や命令だけじゃない。声色、感情、動機まで……」


「つまり……誰かが私の声で命令を下せるかもしれないってこと?」


クローネの顔がこわばる。リクはうなずいた。


「現に……昨日、市政部の一部職員が“あなた”の命令で秘密資料を持ち出してる。けど、あんたはその時間……」


「私は、金ぴかと一緒にワインの選定会だった。」


「……らしいな。」


空気が張り詰めた。


「じゃあ、これから誰の命令も、誰の発言も、信用できなくなるってこと?」


「だから、逆に“声”を持たない手段を使うべきだ。」


リクは古い魔族の記録を取り出した。それは筆談での政務運用、魔法による思念通信、言語の“形”ではなく“意図”を直接伝える術だった。


「そんなもの……百年前に廃れた手法よ。」


「でも、“真似られない”なら使うしかない。」


クローネは眉間に皺を寄せた。


「……あの仮面、まだ手元に?」


リクは小さくうなずく。


「じゃあ……逆に利用するのは?」


「……は?」


クローネの目が細く鋭くなる。


「記録の再演。その力が本物ならば、街中に隠された“嘘”を暴ける。表面の秩序に縋るのではなく、真実を晒すことで秩序を作り直すの。」


リクはその言葉に驚きつつも、心のどこかで納得していた。


「……危険すぎる。」


「でも、私たちはもう“本当の声”を失ってるのよ。」


その日の午後、街の一角で小さな密会が開かれた。集まったのは、政治家、魔族、市民代表、そして一人の幼い少女。彼女は、最近起きた水源襲撃事件の唯一の生き残りだった。


リクは仮面を手に取り、再演の準備を始めた。


「これから映すのは、君の見た光景じゃない。ただ、君の“声なき告発”に応える映像だ。」


仮面が発光し、室内に幻影が浮かび上がった。そこには、大人たちの命令で放たれた水毒、操られた市民、そして──一人、虚ろな目をした人物の姿があった。


「……この男……議会の長老の一人だ。」


誰かが呟いた。


リクは息を詰めた。その人物は、“本物”の声を持っていた者だった。今は、偽物の声を操る傀儡かもしれない。


「次は、俺たちが問い直す番だな。」


その場にいた誰もが、仮面の光の中に沈黙したまま立ち尽くしていた。まるで、それぞれの心に、本当の声を探し始めていたかのように──。


そしてその影で、また別の“観察者”が、笑いも泣きもせず、ただその全てを記録し続けていた。

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