表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/231

第64話 記憶の仮面

夜の帳がヴェラーノの街を静かに覆う頃、リクはひとり旧資料館の屋上に立っていた。街灯の灯りが遠くぼやけ、どこか別世界にいるような感覚を覚える。


「黙魔……本当に、ただの“見る者”だったのか?」


封蝋文書に記された警告。それはただの伝承に思えたが、近頃の暴動や人々の奇妙な言動は、確実に何かが“仕掛けられている”ことを示していた。自分の影が別のタイミングで揺れたように見えることすら、今では疑念の材料だ。


そのとき、リクの耳に、かすかに誰かの話し声が届いた。低く、柔らかく、しかし異様に馴染み深い声。リクは反射的に短剣に手をかけ、声の方向へ身を投じる。


声が導いた先は、資料館の地下階。かつて避難壕として使われていた場所だ。苔むした階段を下りるたびに、空気が冷え、呼吸すら重く感じる。やがて開けた空間にたどり着いたとき、リクの視線は一点に吸い寄せられた。


そこには、かつての自分とそっくりな青年が、座っていた。


「……よう、久しぶりだな。リク。」


「……誰だ。」


「何を言ってる。俺は、お前だよ。」


青年は笑った。その表情も声も、過去のリクそのものだった。違いがあるとすれば、その目に宿る感情のなさ。


「お前が見たいもの、聞きたいもの、全て知ってるさ。黙魔が“記録”したものだからな。」


リクは眉をひそめた。


「つまり、お前は黙魔の……模倣体か?」


「模倣でもあり、反射でもある。お前が流した涙、お前が口にした怒り、それを記録した黙魔が、今こうして“形”を持って立ち上がっている。……目的は一つ。お前を、理解することだ。」


「理解……だと?」


「この地における観察は終わり、次は選別の段階に入る。人間か、魔族か、それとも——」


突然、影が揺れた。背後に気配。リクはすぐに身をかわし、現れた“偽リク”の影から抜け出た長い腕を、短剣で切り払う。


「おいおい、少し落ち着けよ、俺。」


その皮肉交じりの声にリクは無言で睨みつける。


「お前は“俺”じゃない。ただの観察の残滓だ。」


「でも、お前の中にある“疑念”は俺が代弁している。なぜ、自分だけが“魔物使い”として異質なのか。なぜ、故郷では拒絶され、ここでは重用されているのか。そして——なぜ、お前は“誰かの期待”に応えようとしているのか。」


一瞬、リクの心が揺れた。


「……その問いに、俺はいつか答えを出す。だが、それを決めるのはお前じゃない。俺自身だ。」


影が爆ぜるように弾け、模倣体は空気に還った。


リクは深く息を吐き、階段を戻りながらつぶやいた。


「記録に“心”はない。だが……俺には、ある。」


その夜、リクは一枚の新しい文書を書き始めた。内容は、都市防衛と情報操作に関する提言。そして、未知の“模倣型存在”に対抗する術についてだった。


やがて彼は気づくだろう。黙魔の出現は、ただの災厄ではない。それは、自分自身の記憶と存在を揺るがす、新たな問いへの扉だったのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ