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第63話 歪む観察者

街の奥、旧行政庁跡地。今は封鎖されたその地下に、かつて膨大な記録と情報が蓄積されていたアーカイブが眠っている。リクは黙魔の痕跡を追い、そこへ向かっていた。


影狼が気配を探り、ゴルムが扉を押し開く。鈍い金属音とともに、地下へ続く階段が現れた。古びた手すりにはひび割れが走り、階段の途中には奇妙な爪痕のようなものがいくつも残されていた。


「……こんなところまで、誰が?」


階段を下りた先には、薄暗い資料室が広がっていた。古い棚、壊れかけた記録端末、そして何より気になるのは、壁一面に描かれた人間の顔らしき落書きだった。目が、異様に大きく、口元だけが黒く塗りつぶされている。


「“喋るな”……か?」


リクは壁に刻まれた言葉に目を止めた。その瞬間、背後で物音がした。振り向くと、ゴルムが何かの破片を見つけていた。それは、記録装置の破損した水晶核。その表面には、音声記録用の刻印が彫られていた。


リクが水晶に魔力を流すと、どこからともなく少女の声が響いた。


『……見てる……いつも……誰かの声で……』


「止めろ、もう一度聞くな!」


突然、影の中から男の声が飛んだ。リクが即座に短剣を構えると、そこにはボロをまとった老人が立っていた。かつての記録管理人だったというその男は、震える声で語り始めた。


「“あれ”はね、見てるだけだった。最初は。でも……ここにいたある奴が、“声を聞かせよう”としたんだ。人間の感情を教えようとした。そしたら……」


男の声が詰まり、目に恐怖が宿る。


「……喋り始めた。人の顔で、人の声で。」


リクは、その言葉の重みを飲み込んだ。


「黙魔は情報を吸う存在だ。だが、感情や欲望まで模倣するようになったら、それは……」


「人間に近い“模倣者”だ。」


ライザの声が背後から聞こえた。いつの間にか現れていた彼女は、真剣な眼差しでリクを見つめていた。


「この都市の不穏な暴動や、政治の混乱……まさか、すでに入り込まれてるんじゃない?」


リクは静かに頷いた。


「なら、確かめるしかない。この都市の中に、“模倣された人間”がいるのかどうか。」


その言葉に応えるように、地上で鐘の音が響いた。何かが始まる。


そして、地下の壁に描かれていた目が、ひとつだけ、静かに涙を流していた。



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