第59話 動く貴族、揺れる市民
リクは銀の蹄ギルドの応接室で、金ぴか男と向かい合っていた。卓上には分断地帯全体を描いた地図が広げられ、各地の交易ルートや騒乱の発生地点が赤く記されていた。
「……黒蛇の集いと旧貴族の一派が繋がっているとなると、この街の腐敗は根が深いな。」
リクが眉をひそめながら呟くと、金ぴかは肩をすくめた。
「今さらか? 元々ヴェラーノの支配層の半分は、いまだに“昔の貴族”気取りさ。ギルドが一枚噛んでる分、表面は整ってるがな。」
「それで……こいつらが次に何を狙うか、見当はつくか?」
金ぴかはテーブルの片隅に置かれた一枚の報告書を指で押し出す。
「南の“水の集落”だ。交易の要所だが、最近その代表が失踪した。代わりに名乗りを上げたのは……旧カリーダ家の遠縁の若造だ。」
「……怪しすぎるな。」
「それだけじゃない。あの集落の水源管理も最近、不自然な事故が続いてる。干ばつなんて起きりゃ、市民の不満が一気に爆発するぞ。」
リクは椅子から立ち上がり、ゴルムと影狼に目を向けた。
「水の集落に行く。情報を集めると同時に、そこの人たちが誰に支配されようとしてるのか、確かめたい。」
金ぴかは手の中で金色のペンをくるくると回しながら、不敵に笑った。
「気をつけろよ。旧貴族は表向きは上品だが、裏じゃ平気で毒を使う。市民の前で“善政の化身”を演じてる連中だ。お前の顔を見て、歓迎の宴でも開きかねんぞ。」
「そのときは、毒見役を頼むよ。」
リクが冗談めかして返すと、金ぴかは噴き出しそうになるのを我慢して手を振った。
翌日、リクは水の集落へと向かった。
集落は美しい湖のほとりにあり、かつては「水の都」と呼ばれたほどの風光明媚な土地だったが、今は干ばつによって湖面は大きく後退し、地割れが見えるほどだ。
「……ひどいな。」
リクが集落に足を踏み入れると、街の人々の目が一斉に向けられた。その視線には警戒と、微かな期待が入り混じっていた。
「よう、あんたが『銀の蹄』から来たって奴か?」
声をかけてきたのは、街の臨時代表と名乗る男——若き貴族風の青年だった。上質な服に身を包み、背筋を伸ばして立つその姿は確かに一見すれば有能な指導者のようにも見えた。
「俺はリク。今回は……ただの“調査”だ。」
「それはご丁寧に。私はライル・カリーダ。まあ、好きに調べるといいさ。ただし、住民にはあまり変な詮索をしないように。」
その言葉に、リクはにやりと笑った。
「変な詮索をされて困ることでも?」
「……冗談が好きなようだな。」
ライルは笑ってみせたが、その目の奥にほんの一瞬、何かがよぎった。
リクはその目を見逃さなかった。ここには何かがある。腐敗と偽善の匂いが、湖の底から静かに漂っている。
「さて……まずは、水の管理所でも見せてもらおうか?」




