第56話 鉄と炎
リクたちが護衛する商隊は、夕暮れの山道を静かに進んでいた。影狼が前方を警戒し、ゴルムが荷馬車の横に並び歩く。魔族の交易相手が指定した補給地点へ向かうこの任務は、ただの護衛とは違った緊張感が漂っていた。
「ここまで来ると、まるで空気が張り詰めてるな……」
リクは短剣の柄に手を添えながら呟いた。その隣で商人の男が緊張した面持ちで周囲を見回している。
「リク殿、ここは“灰の峡谷”と呼ばれておりましてな……昔、魔族と人間が激しく争った場所でして……」
「縁起がいいとは言えないな。」
と皮肉を交えつつも、リクの目は険しく鋭くなっていた。
その時だった。高台から矢が放たれ、荷馬車の木板に突き刺さる。
「伏せろ!」
リクの叫びと共に、影狼が跳ねるように岩陰へと駆け、矢の飛んできた方向を威嚇する。続いて、黒装束の襲撃者たちが岩陰から姿を現し、無言で商隊へと迫る。
「また来やがったか……金ぴかの言ってた"無言の傭兵団"か?」
リクは影狼に合図を送り、彼らの動きを牽制させた。ゴルムは『影の壁』を展開し、荷馬車を守るための障壁を作り出す。
襲撃者たちは確かに訓練された動きだった。無駄のない動線、連携の取れた包囲。だが、リクのチームも成長していた。
「影狼、影走りで後ろに回り込め!」
影狼の姿が影の中に溶け、そのまま一体の傭兵の背後に現れ牙を食い込ませる。悲鳴すら上げる暇もなく、襲撃者は倒れた。
「ゴルム、中央を抑えろ!こっちは俺が切り込む!」
リクは『心突』の構えを取り、襲撃者の隊長格へと突っ込む。相手は二本の剣を器用に操る手練れだったが、リクの気配を消す技と研ぎ澄まされた刺突が徐々に優位を築いていく。
「お前ら、誰に雇われた!?魔族か?それとも……!」
リクの問いに返答はなく、襲撃者は黙して斬りかかってくる。
「答える気はないか……なら斬るまでだ!」
数合の交錯の末、リクの短剣が相手の鎧の隙間を突き、敵は崩れ落ちた。
戦いが終わると、峡谷に静寂が戻ってきた。地面に倒れた襲撃者たちは、見たところ人間ばかりだ。
「魔族とは関係ない連中か……だとすれば、誰かが裏でこの交易を邪魔しようとしてる……」
商人たちは恐怖の表情を浮かべながらも、リクに深々と頭を下げた。
「命の恩人です……リク様。あなたがいなければ……」
リクは軽く手を振ってそれを制し、空を見上げた。夕陽の赤が峡谷を照らし、まるで血のように見えた。
「この地での交易を安定させるには……戦いだけじゃ足りない。情報、交渉、そして……裏で暗躍する誰かの存在も突き止める必要がある。」
影狼とゴルムがリクの隣に並び、風の中に立ち尽くす。
「次は……この交易を誰が邪魔してるのかを突き止める番だ。」
鉄と炎の試練を越えた先にあるもの——それが、この内政戦争の真の姿だった。




