第33話 闇に紛れる影
ヴェラーノの街に再び夜が訪れた。普段は活気に満ちたこの交易都市も、夜になればまるで別の顔を見せる。街の灯りが届かない路地裏では、裏社会の者たちが静かに動き出し、貴族や豪商の屋敷では密談が交わされる。
リクは影狼とゴルムを連れ、街の暗がりに身を潜めていた。金ぴかの依頼を終え、しばらくは平穏な日々が続くかと思われたが、彼の直感がそうさせなかった。何かが蠢いている。何かが、今までとは違う動きを見せ始めている。
「……この空気、妙だ。」
リクは低く呟きながら、背後の気配を確かめた。影狼もまた警戒し、耳をピクピクと動かしている。
「追跡者か。」
リクは目を細めながら、街の屋根伝いに素早く駆け上がった。追跡者を撒くため、夜のヴェラーノを縦横無尽に駆け巡る。だが、どこまでも付いてくる気配があった。
「まるで影のように……」
追跡者はただの傭兵やギルドの者ではない。それがはっきりと分かった時、リクは意を決して立ち止まり、相手が姿を見せるのを待った。
そして、その影がゆっくりと現れた。
「随分と素早いな、リク。だが、お前が何をしていたか……すべて監視していたぞ。」
黒いフードを被った男が、冷たい声で言った。リクは短剣を構えつつ、ゆっくりと間合いを測る。
「俺をつけていた理由は何だ?」
男はフードの下からわずかに口元を歪めた。
「お前が持つ力……いや、お前の魔物たちが持つ"影の力"。それが我々の目的と関わっているのさ。」
リクの心臓が一瞬だけ強く脈打った。影狼とゴルムが彼にとってただの仲間ではなく、何か"特別な存在"なのではないかという疑念が、これまで何度も浮かんでは消えていた。
「お前たちは……何者だ?」
男は答えず、代わりにスッと短剣を抜いた。その刃は暗闇に溶け込み、まるで影そのもののようだった。
「知る必要はない。ただ、ここでお前を試させてもらう。」
その言葉と同時に、男は音もなく地を蹴り、リクに襲いかかった。鋭い一撃が夜を裂き、リクは咄嗟に短剣で受け止める。
「チッ……!」
衝撃が腕を伝い、リクはわずかに後退する。だが、すぐに影狼が敵の背後へと回り込んだ。
「影狼!」
リクの呼びかけに応じ、影狼は一気に敵へと跳びかかる。しかし、男はまるでそれを予期していたかのように、影の中へと消えた。
「……!」
リクの背後に冷たい殺気が走る。瞬時に身を翻し、短剣を振るうが、男はさらに素早く影の中を移動し、またもリクの死角を取る。
「これが……影の力……」
リクは動揺を隠しながらも、敵の動きを見極めようとする。しかし、男は影と同化しながら自在に攻撃を仕掛けてくる。
「リク! 危ない!」
ゴルムが叫ぶように唸り、影を伸ばして男の足元を捉えようとする。だが、その影すらもすり抜けるように動く敵に、リクは嫌な予感を覚えた。
「これは……ただの戦士じゃない……!」
リクの頭に浮かんだのは、かつて遺跡で見た古代の石碑の言葉だった。
『影を操る者は、影に飲まれる運命を持つ。』
その意味を、今まさに体感しようとしていた。
「さて、遊びはここまでだ。」
男が静かに言い放ち、影から一気に飛び出した。リクは直感的にそれを避けるが、次の瞬間、肩に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
浅くではあるが、確実に切り裂かれた傷口から血が滲む。男は静かに短剣を下ろし、リクを見下ろすように言った。
「……やはり、お前は"まだ"未熟だな。」
その言葉を最後に、男は再び影の中へと消え、姿を消した。
「リク、大丈夫か?」
影狼が心配そうに駆け寄る。リクは息を整えながら、肩の傷を押さえつつ、男の残した言葉を反芻した。
「"まだ"未熟……だと?」
まるで、自分が何かの"存在"になることが決まっているかのような言い方だった。
「俺は……何者なんだ……?」
その疑問が、今まで以上に強く胸に刻まれた夜だった。




