閑話 紅茶と日常
フィルメリアの事件から数日後――。
影の騒動が収まり、街にはようやく平穏が戻っていた。
「ふあぁ……。ねぇリク、今日くらいは訓練やめようよ。こう、のんびりお茶でもさあ」
広場のベンチに座って大きく伸びをしたのは、エリナだった。陽光の差し込む昼下がり、風は柔らかく、木々の葉がさらさらと鳴る。
「確かに、今日はのんびりしてもいいかもな……」
リクはやや困ったように笑いながら、膝の上に乗ってきたゴルムの頭をなでた。影狼も今日は戦う気配もなく、のんびりと日なたぼっこを楽しんでいるようだ。
「にしてもさー、あの研究員のラゼルって人、妙に世話焼きすぎじゃない?」
「……ああ。朝から『リク様、お弁当をどうぞ』『リク様、本日の栄養バランスを』って……ちょっと過保護すぎるよな」
「ふふっ。でも、好かれてるんだね」
そう言ってエリナは紅茶を一口。リクも横で湯気の立つカップを手に取る。……が、
「……これ、苦くないか?」
「えっ、もしかして私、塩と砂糖間違えた!?」
「飲み切った俺がすごい……」
リクが崩れ落ち、エリナが真っ赤な顔で慌てる。その様子を見ていたカイルが、後ろから肩をポンと叩いた。
「……安心しろ、俺の分も同じ味だった」
「なんで黙って飲んだの!?」
「戦場で得た忍耐力、侮るな」
「忍耐力の使い方間違ってるでしょ!」
三人の掛け合いに、周囲の人々もどこか微笑ましい目を向ける。騒動が過ぎても、こうして日常が戻ってきたのだ。
その時、リクの影がふるふると震え、足元からひょっこりと何かが出てきた。
「……ん? 小さい……ゴルム?」
「きゅんっ」
出てきたのは、掌に乗るほどのサイズになった“影子ゴルム”だった。
「えっ、何その新機能!? 可愛い!」
エリナが目を輝かせ、リクが困惑しているうちに、影子ゴルムはゴルムの背中にひょいと乗り、得意げに尻尾を振っていた。
「ま、まさか影鎖契に癒し系効果が……?」
「それか、ゴルムが構って欲しいだけじゃ……」
「きゅるるっ」
無駄に可愛い声を出しながら、影子ゴルムがカイルの肩に飛び乗り、勝手にポーチの干し肉を漁り始めた。
「おい、それ高級品だぞ……!」
「ゴルム、返しなさい!」
「きゅーん……(もぐもぐ)」
平和の象徴とは、案外こんな日常の中にあるのかもしれない。そんな風に思いながら、リクは空を見上げた。
いつかまた、戦いは訪れるだろう。
けれど今は、この穏やかな時間を大切にしたい。




