十月の蝶(ちょう)・後編
私が小さい頃から、彼女は私の家に来て勉強を見てくれた。身体の関係という課外授業も含めてだ。よく私たちの関係が発覚しなかったものだと思う。
本当に両親は、私に何の関心もなかったのか。あるいは何もかも知った上で黙殺していたのか。不祥事が公になった場合の、世間体を恐れて、私と彼女は親から放置されていたのかもだ。
「おかげさまで十二才になったよ。お姉さんは来年、大学に行くんだね」
「ええ。上京することになるから、貴女とはお別れね。寂しくなるわ」
「あたしは別に寂しくないなぁ。来年からは中学生だもん。忙しくなって、お姉さんのことなんか、すぐに忘れちゃうんだから」
もちろん本心ではなくて、それはベッドで、私が彼女にすがりつくようにしている態度から伝わっていたことだろう。裸の胸を重ねながら、彼女は私の頭を撫で続けてくれた。当時を思い返している今に至るまで、彼女の存在は私の中に残り続けている。
「私は貴女のことを覚えてるわ。今年も写真を撮らせてくれて、ありがとう。大切にするね」
「しなくていいよ。見つかったら、お姉さんが大変でしょ。写真は処分した方がいいよ」
彼女は笑うだけで返答しなかった。あの写真がどうなったのか私は知らない。只々、私はお姉さんが怒られて、大学に行けなくなるんじゃないかと心配していた。
「ねぇ。昔、蝶の話をしたのを覚えてる?」
「うん。女の子は蝶で、どの蝶も美しいとか言ってたかも」
彼女から蝶の話は、毎年、聞いていた気がする。私は彼女に取って、人間ではなく、標本にコレクションされている蝶の一つに過ぎなかったのだろうか。
「いいわね、蝶は。美しい姿のまま生涯を閉じられるんだから。そう思わない?」
ずいぶん不健全な発言だったけれど。言いたいことは、何となく分かった。
「お姉さんは綺麗だよ。あたしより綺麗だって、誰が見ても、そう思うよ」
「私は、そうは思わないな。今の貴女が一番、美しい時期なのよ。もう私は衰えていって、平凡な大人になっていくだけなの」
「お姉さんがそうなら、あたしだって同じでしょ。すぐにあたしも平凡な大人になるよ」
薄く笑って、肯定も否定も彼女はしなかった。
「とにかく、大人になれば、自分の羽で飛べるようになるわ。もう貴女は大丈夫ね、すでに悟りを開いてるみたいだから。私がいなくなっても、元気でいてね」
十月に生まれた私は、秋の蝶だ。越冬する蝶もいるけど、その数は多くもないだろう。十月の蝶は命が短くて、私は彼女を繋ぎとめることもできない。できるのは撮られた写真の中で、彼女のために姿を晒し続けることだけだ。
「お姉さんもね。あたしもお姉さんも、完全変態の蝶なんでしょ。そういう強そうでエッチそうな生き物は、ずーっと生き延びて楽しく過ごしていくよ」
努めて明るく言って、彼女が大笑いをしてくれる。その後、彼女は言っていたとおり東京の大学へ行き、私と再会することはなかった。今も彼女は私のことを覚えていてくれるだろうか。元気でいてくれれば、それだけで充分だ。