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プロローグ 十月の蝶(ちょう)・前編

 (ちょう)というと(はる)()ぶイメージがあるが、実際(じっさい)(あき)にも()んでいる。(ふゆ)まで()()びるものは(すく)ないだろうから、(あき)(ちょう)には(はかな)げな雰囲気(ふんいき)(かん)じた。


『どの(ちょう)も、(うつく)しいものよ』


 私を見出(みいだ)し、開花(かいか)させてくれた女性(ひと)は、そう()っていた。少女(しょうじょ)時代(じだい)の私に(すべ)てを(おし)え、(あた)えてくれた彼女(かのじょ)のことを(おも)()す。(あき)(ふか)まってきた(いま)時期(じき)(ちょう)()姿(すがた)()るたび、私はあの(ころ)(おも)いを()せるのだった。




「はい、今日(きょう)勉強(べんきょう)はお(しま)い。お(つか)れさま」


「あーあ、学校の勉強(べんきょう)って退屈(たいくつ)ー。つまんなーい」


 当時(とうじ)、私は小学校の低学年(ていがくねん)で。そして彼女は、私より年上(としうえ)家庭(かてい)教師(きょうし)だった。と()っても(ねん)(れい)六才(ろくさい)しか()わらなかったから、彼女も中学生に()ぎない。彼女は近所(きんじょ)()んでいて、両親(りょうしん)仕事(しごと)(おそ)くまで(かえ)ってこない私の家まで()ては、勉強を()てくれたのだ。


「まあまあ、勉強は将来(しょうらい)(やく)()つから。()かってるでしょう?」


()からないもん。パパもママも、あたしに期待(きたい)してないんだよ。『男の子に、うちの家業(かぎょう)()いで()しかった』って(よる)二人(ふたり)(はな)してたのを()いちゃったから()ってるんだ」


 私は一人娘(ひとりむすめ)で、そして当時(とうじ)は、家の仕事を男子が()ぐことが当然視(とうぜんし)されていた。そういう()(だい)だったのか、あるいは私の家が時代(じだい)(おく)れの(かんが)えをしていたのか。どちらにしろ、私は両親(りょうしん)()って期待(きたい)(はず)れの存在(そんざい)だったのだ。


「そう、()(どく)ね。じゃあ、こっちを()いて」


 彼女は(けっ)して、私を()ども(あつか)いしなかった。だから、こういう(とき)に私の言葉(ことば)否定(ひてい)しなかったし、私の両親を擁護(ようご)することもない。勉強(べんきょう)(づくえ)(まえ)(すわ)っていた私は、椅子(いす)回転(かいてん)させて(かの)(じょ)(ほう)()く。彼女は私の(そば)()て、(ひざまず)くような体勢(たいせい)から、私に(あつ)くて(ふか)いキスをしてくれた。


課外(かがい)授業(じゅぎょう)()きましょうか。ベッドに()がって、(ふく)()いで」


「はぁい、先生(せんせい)


 私の部屋(へや)には勉強(べんきょう)(づくえ)があって、そして私たちが(たの)しめる(おお)きさのベッドがある。キスで()(こころ)(あたた)かくなった私は、もっと(あつ)くなっている彼女の指示(しじ)笑顔(えがお)(したが)う。まだ(そと)(あか)るくて、両親が(よる)まで(かえ)ってこないことを(こころ)から私は感謝(かんしゃ)していた。




「ねぇ。『変態(へんたい)』って言葉(ことば)()ってるかしら?」


()ってるよ。お(ねえ)さんのことでしょ?」


 ()(こた)えた私に、「そうね、私のことね」とベッドでお(ねえ)さんは(たの)しそうに(わら)う。その笑顔(えがお)()て、私も(しあわ)せな気持(きも)ちになった。時期(じき)十月(じゅうがつ)で、気温(きおん)肌寒(はだざむ)くなってきてたけど、彼女と(はだか)(はだ)()わせると(すこ)しも(さむ)くない。彼女の身体(からだ)は私より(おお)きくて、()()ることで安心感(あんしんかん)()られた。


「私が変態(へんたい)なのは否定(ひてい)しないけど。でも()いたかったのは、そういうことじゃないの。昆虫(こんちゅう)って、幼虫(ようちゅう)成虫(せいちゅう)姿(すがた)(おお)きく()わる種類(しゅるい)がいるのよ。()かりやすい(れい)は、(ちょう)ね。(ちょう)幼虫(ようちゅう)はサナギになって、それから(そら)()成虫(せいちゅう)になるのよ。そういう成長(せいちょう)様式(ようしき)完全(かんぜん)変態(へんたい)って()うんだけど」


完全(かんぜん)変態(へんたい)? (つよ)そうでエッチな言葉(ことば)だねー。お(ねえ)さんは変態(へんたい)(ちょう)()きなの?」


「ええ、()きよ。貴女(あなた)()うとおり、私も変態(へんたい)だからかな」


 ひとしきり、お(ねえ)さんが(わら)って。それから言葉(ことば)(つづ)けた。


「それでね。()いたかったのは、貴女(あなた)綺麗(きれい)(ちょう)だってことなのよ。人間(にんげん)姿(すがた)は、(ちょう)ほど(げき)(てき)には()わらないけど。でも内側(うちがわ)っていうか(こころ)成長(せいちょう)する速度(そくど)は、(ひと)()って()わるわ。そして、内側(うちがわ)成長(せいちょう)は、(そと)から()えにくいの。だから貴女(あなた)の両親も、貴女(あなた)成長(せいちょう)には()づかないかもしれない。でもね」


 そこまで()うと、彼女は私を(やさ)しく()()めてくれて。そして(つづ)けた。


(かり)に、ご両親(りょうしん)から(みと)められなくても、貴女(あなた)には価値(かち)があるわ。家業(かぎょう)なんか()がなくても、()(けん)から評価(ひょうか)されなくても関係(かんけい)ない。(まわ)りからは青虫(あおむし)やサナギとしか(おも)われてなくても、もう(あな)()立派(りっぱ)(ちょう)なのよ。ただ()(かた)が、まだ未熟(みじゅく)っていうだけ。私が()(かた)(おし)えてあげるわ」


 彼女が私の(あたま)()でてくれる。自分(じぶん)宝物(たからもの)のように(あつか)われて、(ふか)部分(ぶぶん)まで()たされる(かん)(かく)を私は(たの)しんだ。

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