天使系後輩
それから模擬戦による少し長めのオリエンテーションが終わり放課後になった。
部活に励む生徒や家に帰ろうとする生徒、仕事に向かう生徒など様々だ。
界魔たちは食堂に向かっていた。オウガと界魔は途中の購買で買ったパンを食べている。
アリスは初めて焼きそばパンを見たのかいろんな角度からそれを見ていた。
「これが焼きそばパン。パンは母国の主食だが焼きそばというのは初めてだ。興味深い」
「日本じゃメジャーな食べ物だけどな。他にはアンパンとか?」
「なんでそのチョイスなんだよ……。日本のメジャーなパンはカレーパン様だろ。なんてったってヒーローになるんだぜ」
「そんなこといったらアンパンもヒーローになってるだろ。しかも日本の子供が最初に出会うヒーローだぞ」
アンパンを食べる界魔とカレーパンを食べるオウガがにらみあう。
だがアリスはそんなどうでもいい争いよりも焼きそばパンに夢中だ。
匂いやパンの感触を堪能したあと彼女はそれをほおばる。
「おいしい……」
思わず声でだしてしまうほどアリスは一瞬で焼きそばパンの虜になる。
ふと界魔たちに見られている気がしてそちらを見れば二人は笑いをこらえていた。
そんな二人を見てアリスはすぐに表情を変えむっとする。
「何がおかしい?」
「口元にソースついてるぞ」
界魔に指摘されアリスは慌てて口元を拭う。
戦闘時の隙がない強さとは打って変わり、どこか隙がある彼女を見て界魔は思わず笑いそうになる。
それをどうにか押し込め、界魔は笑いをこらえる表情を見せないためアリスの先を歩く。
それから移動すること五分。三人の前に大きな建物が見えてきた。
まるでショッピングモールのような大きさだがここに食堂があるのだ。
帝校は中高一貫校であるため生徒数が多く食堂も大きく設計されている。さらにここには生徒や先生たちが利用する店が多くある。
武器の手入れをする道具売り場や制服のクリーニング店、本屋や日用品も売っている。
その大きさを見てアリスは見上げながら驚く。
「ルーマニアの学校も大きかったが日本の施設はどれも大きいな」
「まぁこの学校は歴史があるからな。日本で一番古いヒーロー校だし日本中どころか世界中からいろんな生徒が集まるんだよ」
東京帝魔学校はおよそ四百年の歴史がある。ヒーローの前身となる教育施設は世界中に昔からあるが帝校は世界的に見ても五本の指に入る古さだ。
多くのプロヒーローを輩出し、ヒーローの頂点である円卓の騎士もここから多く誕生した。
界魔にヒーローの道を指示したドライグもここの出身だ。
それだけ多くのトップヒーローを輩出したため、世界中からトップヒーローを目指す学生が集まるのだ。
ふとアリスは目線をそらし生徒たちの憩いの場である大きな桜がある広場の方を見る。
そこにはたくさんの銅像が並び、中央にある鎧武者の銅像は異彩を放っていた。
「あれはなんだ?」
「歴代将軍兼校長たち、つまり徳川家の銅像だよ。今の校長は二十三代目だったかな」
この学校は江戸幕府を開いた徳川家が四百年間管理している。
銅像や桜を横目に見ながら界魔たちは建物に入った。
外から見ても広いとわかっていたが、中に入りその広さにアリスは言葉がでない。
デパートのように館内では音楽がかかり生徒たちが買い物をしている。
入り口には案内図があるが界魔たちは慣れたように食堂へ向かう。
「やっぱむっちゃこんでんな。さてマリアはどこだー?」
オウガが周囲を見渡す。
だがちょうど食事時で混雑し、ここからたった一人を見つけるのは苦労しそうだ。
すべての学生が利用できる食堂であるため多種多様な種族がいる。手のひらサイズの学生もいれば二メートル以上ある生徒など様々だ。
彼らに対応するために食堂は小人専用の通路や巨人専用の席など色々対策がされている。
その分広く設計されているため、オウガはため息をつく。
「どこ見てるんですか? こっちですよー」
「んなっ! お前何度も言ってるだろ。耳元でささやくなって」
突然耳元でささやかれ界魔は慌てて振り返る。
そこには天使がいた。白い長髪は腰までありそれをツーサイドアップにしている。背中から一対の純白の翼が生えていて界魔の耳元でささやくために飛んでいた。
界魔の反応に満足した少女は白い翼を閉じ床に降りる。
高等部の制服を着ているが身長は低く一般的な中学生よりかも低いだろう。だがそれがむしろ保護欲をそそられる見た目をしていた。
「あはは。先輩をからかうのは私の生きがいですから。あと私のささやき声って結構人気なんですよ」
見た目は天使な少女は小悪魔のような可愛らしい笑みを浮かべ金色の瞳で界魔を見る。
もう慣れたこととはいえ界魔はため息をつく。
すると少女はまだ何か言いたそうに界魔のことを上目遣いで見る。
「なんだよ」
「はぁー……。私のこの姿を見て何もないんですか?」
大きくため息をつくと少女はくるりとその場で回る。スカートや白い長髪が揺れ思わず界魔はどきっとするがまたからかわれそうなため表情には出さない。
むしろやり返してやろうと界魔は顔を近づけ彼女の方を見る。
からかった本人は界魔にまっすぐと見つめられ少しずつ顔を赤くする。
そして界魔はあることに気付いた。
「あー、制服が変わったのか」
「そ、そうです! 気付くの遅すぎますよ先輩! オウガ先輩は気付いてましたよ!」
「え? お、おう! もちろんだ」
中等部の制服は青いブレザーで高等部は黒いブレザーだ。
やっと気づいた界魔に少女は嬉しそうにする。
何をかくそう彼女はついこの間まで中学生だったのだ。
界魔に赤い顔を見られないよう少女は視線をそらしオウガの方を見る。
突然話を振られたオウガは気付いていないようだったが無理やりごまかす。
そして少女はアリスに近づく。
「こうして会うのは初めてですねアリス先輩」
「この声、今朝通信機で話した……。そうか君がマリアか。私はアリスだ。よろしく頼む」
「はい、天使族、医術科のマリア・フォルスです。よろしくお願いします」
マリアはかわいらしく上目遣いで敬礼する。
「かわいい……」
その可愛さにアリスは自分の目元を隠しにやけそうな顔を見られないよう天井を見る。
だがふと何かに気付いたようにアリスはじっとマリアの方を見る。
「君の声を聞いてるとひどく心が落ち着く。どこかで会ったことはないか?」
「気のせいだと思いますよ。アリス先輩みたいな美人一度会ったら忘れませんし」
「そうか。へんなことを言ってすまない」
「いえいえ。さ、そんなことよりもご飯にしましょう。先輩たちが来るまでまってたんですから。こっちです」
マリアの案内で界魔たちは各々食券を買い昼食と交換する。界魔はからあげ定食、オウガはカレー、アリスとマリアはサンドイッチだ。
「お前カレーパンの次はカレーかよ」
「食券機で自然と指がカレーを選んだんだよ」
またカレーを食べるオウガに界魔は苦笑する。
それから一度食堂から通じる扉から外に出て階段を上がる。そして屋上に出た。
春の陽気が心地よく、天井はなく青空が広がっている。あるのは白いテーブルと椅子、ほとんど花びらを散らした桜の木だけだ。だがその木は花がなくても不思議な存在感を放っていた。
そしてマリアが桜の木に一番近い席に着くと椅子を引く。
「さぁアリス先輩はこの桜の木と景色がいい場所へどうぞ。今日の主役ですから」
「主役? それはどういう……」
戸惑うアリスの背中をマリアが押して彼女を席に座らせる。
アリスの席は桜の木とその向こうに街を一望できる場所だ。
アリスが席に着いたのを確認し続いてオウガと界魔も席に着く。アリスだけは席につかず立ったままだ。
「じゃあアリス先輩のチーム加入を祝して乾杯!」
「「乾杯!」」
界魔とオウガ、マリアは互いに飲み物のふちをぶつけ合う。アリスも遅れて「か、乾杯」と呟き同じようにふちをぶつけ合う。