勝者
赤い堅牢な槍の壁に剣を振るい、拳や足を振るい界魔たちは前に進む。
同時に再生を始め槍が二人を貫こうと迫るがそれより早く二人は前進した。
その様子を管制室から敗退した生徒たちが興奮した様子で見ていた。
「先生、真田ってほんとうに人間なんですか?」
「あいつは魔人とのハーフだが体の作りは人間だ。あいつの魔装が人間を越えた力を発揮させているんだ」
多くのヒーローを輩出するシルバー家はヒーローを目指すなら誰もが知っている名家だ。
一年次にもオウガは他の生徒と違い将来ヒーローになるのは確実と称される生徒だった。
そんな彼の動きについていく界魔に生徒たちは尊敬や驚きの眼差しを向ける。
「さて残り十八秒だ。お前たち二人ならこの攻守一体の攻めを破れるかもしれんが、シルバー一人ではその可能性はゼロに近いぞ」
管制室から黒鉄は戦いの行く末を見守る。
着実にだが二人は距離をつめ、あと数秒もあればアリスの防御を破るだろう。
そして視線は界魔たちに戻る。
もう目と鼻の先にアリスの姿が見えていた。だがその前には強固な槍の砦がある。飛び越えようとすれば串刺しにされる可能性があるため攻めあぐねていた。
何かないかと観察しながら界魔はオウガの方をちらっと見る。
オウガは目に見えない速度で足技を放ち攻撃と防御を同時にしていた。
足に魔力を乗せ放つ蹴り技は斬撃のように飛び、地面すらえぐる。
そこで界魔はこの戦いの勝ちにつながる一手を見つけて、仮面の下でほほ笑む。
「なるほどな。この一本が独立した魔術じゃないのか。それならどうにかなりそうだ」
魔術を広範囲で使うには複雑な魔術式が必要でそれだけ陣は巨大になる。
生成に時間もかかり普通は使わない。
だがアリスの魔術は足元に陣があるだけだ。
何かを思いついた界魔は地面に鍵剣を突き刺した。
「《魔閉》!」
その瞬間槍の成長が止まる。
アリスの作る無数の槍は一見一つ一つが独立しているようだがそれは違った。
地面の下ですべで繋がっていたのだ。
だから鍵剣で魔術を一か所封じることができればすべてを封じることができる。
アリスは自身の魔術が封じられ驚いたように目を見開く。
この隙を見逃すわけがなく、オウガはアリスの鉄壁の防御を蹴り砕いた。
「ちっ! いったいどういう原理だ。私の魔術が封じられるなど……!」
「それはあとであいつに聞け。このまま押し切るぜ!」
「なめるな!」
自身の鉄壁の防御が破られ驚くアリスの隙をオウガは見逃さない。
地面に足がついた瞬間、再度蹴り上げ今日一番の速度で蹴りを放つ。
一瞬でアリスの懐にもぐりこみ、彼女は槍を振るえない距離だが。
『オウガ・シルバー死亡だ』
「がはっ! はは、まじかよ」
オウガの負けたくないという意地より、アリスの負けられないという意地の方が彼の速度を上回った。
円卓の騎士は世界を守るために絶対に負けられない。その弟子も同様の重圧をまだ若いながら受けている。
アリスはすぐに槍を捨てオウガの頭を掴み地面に叩きつける。
勝ちのために武器を即座に捨てる判断力に、オウガは負けながらも敬意の眼差しを向ける。
だが界魔の限界まで残り十三秒はある。
一瞬だけオウガに気を取られたことでアリスは界魔を見失う。
「いったいどこに……?」
するとアリスの体が影で覆われる。
「上か!」
上を見れば界魔が剣を振り下ろそうとしていた。
アリスは武器を手放し迎撃する手段がない。界魔は勝利を確信するが彼女の表情を見て寒気を感じた。
劣勢なはずなのにアリスは笑みを浮かべていたのだ。
界魔の剣がアリスの肌に触れる寸前、視界が上下反転した。背中に衝撃を感じやっと地面に叩きつけられていることに気付く。
「なに、が……?」
何が起きたのか理解できず、アリスの方を見れば彼女の手に鍵剣が握られていた。
「無刀取りだったか。ぶっつけ本番でもできるものだな」
アリスは鍵剣を界魔から離れたところに捨てる。
時間は残り十秒もない。
しかもアリスの絶対防御の魔術の耐久値はほとんど削れていない。
打つ手なしの状況だが界魔は笑いがこみ上げ仮面の下で笑みを浮かべる。たった一人でここまで戦った彼女の強さに世界の広さを知れたからだ。
あと界魔は何も勝負を諦めたわけではない。
「面白ぇ! そんじゃこれを止めれたら負けを認めるよ」
鍵剣はアリスの後ろ、つまり取りに行くにはアリスをかわさなければならない。
彼女にそんな隙を見せればその前にこちらが負けるのは確実だ。
だから界魔は体術で決めようと構える。
しかしアリスはその構えを見て失望したような顔をする。
「軍式格闘術か。そんなもので私が倒せるとでも?」
軍式格闘術は魔導軍が作られてから現代まで伝わる近接格闘術だ。
中等部のときに志望学科関係なく教わる基礎中の基礎だ。
円卓の騎士の弟子であるアリスはそれを極めた生徒だ。
だからそんなもので勝とうとする界魔に一瞬失望したのだ。
「そんな顔できるのも今のうちだ!」
界魔は右足を高く上げ振り下ろす。その衝撃で地面が揺れ轟音が鳴り響く。
そして右足に履いたブーツの赤いひびがパキパキと音をたて広がる。銀色の装甲がはがれその下から黒い装甲が現れる。そこに魔力がたまり黒い炎が噴き出す。
ただの体術ではないとアリスは警戒するが彼女の視界から界魔が消える。
「《黒閃》!」
ほぼ直感で頭を守るためにアリスは腕を上げる。
それと同時に絶対防御の魔術を貫通するほどの痛みが腕を襲った。
一瞬で距離をつめた界魔が蹴りを放ったのだ。
蹴りの衝撃だけで離れた場所にある管制室の窓ガラスが揺れ、アリスの足元が陥没する。
「うぐっ!」
もし防御が遅れていたら頭を守るための絶対防御の魔術が発動していただろう。
残りは五秒もない。まさか攻撃を止められるとは思わず界魔は悔しそうにするが、防御をしたはずのアリスが膝をついた。
『アリス・ヴラデュレア死亡だ』
「な……ぜ……?」
攻撃はしっかり受けきったはずだとアリスは大画面にうつるモニターを見る。
彼女の絶対防御の魔術の耐久値は半数を切っていて敗北を意味していた。
すると黒鉄と負けた生徒たちが管制室から降りてきた。
「絶対防御の魔術が意識を失わないために頭を最優先で守ったんだろう。俺から見ても真田の先ほどの一撃は意識を狩るには十分の一撃だった」
攻撃は防いだがその衝撃までは止めることはできなかった。しかもその衝撃は頭のすぐそばで発生し脳を揺らすには十分な衝撃だった。
本来なら意識を刈り取られるはずだったが絶対防御の魔術が起動しそれは免れた。
この理由でアリスは敗北したのだ。
敗北という言いようもない不快感に襲われているとアリスの前に手が差し出される。顔を上げれば魔装を解いた界魔が手を伸ばしていた。
「日本の生徒もなかなかやるもんだろ?」
「そうだな。洞察力や連携、一人一人の練度も見事だった。自身の技を一年かけて磨いたというのがよくわかったよ」
円卓の騎士の弟子に評価され生徒たちは嬉しそうにざわつく。
その光景を見てアリスも負けたというのに嬉しそうに笑みをうかべ立ち上がる。
「それでどこのチームに入るんだ?」
今回の戦いはアリスがどのチームに入るかを見極めるための模擬戦だ。
皆それを言われてやっと思い出したようにはっとすると。
「では我ら八咫烏のチームに! 君の広範囲攻撃と我らの速さがあれば敵はなしだ」
「速さよりかも鉄壁の防御だ! 君がいればファランクスはより強固になるからぜひ!」
「今のヒーロー社会は人々を安心させる可憐さも必要よ! あなたもぜひヴィヴィアンに入ってアイドル系ヒーローを目指しましょう!」
鳥の翼を持つ生徒や鍛え上げられた肉体を持つ生徒、犬や猫の耳と尻尾を持つ生徒たちがアリスを勧誘しようとする。
他にもいろんな生徒が自身の能力を説明し、アリスを勧誘しようとするが彼女はそれを手で制する。
皆静かになるとアリスは膝をつき界魔の手を取る。
「私の槍と命は君に預けたい。受けてくれるか?」
素でやっているのかわからないがクラスの女性陣が黄色い悲鳴をあげている。少女漫画に出てくる王子様のようなアリスの行動のせいだろう。
アリスの優しい笑みは普通の人が見れば男女関係なく落とせそうだった。
だが漫画でいうお姫様役の界魔は少し複雑そうな顔をしてオウガの方を見る。
「俺はいいけど……」
「構わねぇぜ。でもマリアがなんていうかだな」
「通信機で少し話した子だな。では今度紹介してほしい」
「そんじゃ連絡するか。……ってもう連絡きやがった。さては見てたな。今からでもいけるってよ。じゃあ放課後開いてるか?」
オウガが通話アプリで連絡をすると数秒も経たず返信が来た。
観客席には大勢いるのでどこかに紛れているのだろう。
それに驚いているとチャイムが鳴る。
「じゃあこのあとは他のクラスが利用するから出るぞ。あと全員今日の戦いの反省点のレポートを提出するように」
「は、反省点? それって俺とか界魔とかもですか?」
アリスを武器を手放すまで追い詰めたオウガが驚いたように声を出す。
勝利するための道を作ったため反省点がないと思っているのだろう。
それに黒鉄はため息をつく。
「シルバー、お前はなぜ距離をつめる前に《銀狼》を使った?」
「それは……勝負を決めるためです」
「結果は敗北だっただろ。お前のその技は強力だが相手と距離があればそれだけ対策しやすい。ヴラデュレア、お前なら仮にどこでこの技を使う?」
質問されアリスはあごに手を置き考え込む。
「そうですね……。肉薄した瞬間でしょうか。それなら対処できませんでした」
「まぁそれも一つの策だな。突然敵の攻撃速度や武器が変化すれば相手にとっては奇襲になる。わかったかシルバー」
「……わかりました」
敗北の理由を指摘されオウガはむっとするもすぐに心を落ち着ける。
「真田もヴラデュレアも提出しろよ。それでは解散!」
ヒーローを目指す彼らにとってこの戦いの反省点は弱点でもある。
これを知らなければこの業界は命を落とす危険があるからだ。
皆の返事を聞いたあと黒鉄は解散を言い渡す。