新学期
界魔がヒーローを目指してから七年が経過した。
彼は夢のスタートラインである東京帝魔学校高等部二年生となった。
顔立ちも幼さを感じさせないくらい男らしくなり身長もまぁ高いほうだ。
高校生らしく黒いブレザーと灰色のズボンを着ている。
周囲には桜が咲き今日は新学期初日だったが、春休みに夜更かしして寝坊でもしたのか界魔は全力疾走をしている。
「なんで新学期初日からこんな目にあうんだよ!」
界魔は寝坊したわけではなく追われていたのだ。
彼の後ろにいるのは全身を岩で覆われたクマだ。走れば舗装されたコンクリートにひびが入り、もし硬く太い腕で殴られれば大変なことになるだろう。
魔獣と呼ばれるそれは大昔の地球の生き物が大気に漂う魔力を吸収し進化した生物だ。
人の生活になじみペットのように飼われるものもいれば人にとって危険な魔獣もいる。界魔を襲うのは後者の方だ。
なぜこんなことになったのかと界魔は今日の朝のことを思い出す。
いつものように運動もかねて徒歩で学校に向かおうとしていた。だがその途中の通学路の角で何かにぶつかり吹き飛ばされたのだ。漫画のような展開かと思ったがそれは違った。
目の前にいたのは立てば二メートルはある巨大な魔獣だった。
突然人間が現れ驚いた魔獣は界魔に襲い掛かった。
それから三十分ほど追いかけっこをして今にいたる。
『先輩、二十メートル先にある信号がある交差点を左折です。そこから直進百メートルで目的地です』
「長いなおい!」
『仕方ないじゃないですか。住民の避難とか色々あったんです。かわいい後輩が応援してあげますから。ほら、がんばれがんばれ!』
界魔は右耳に通信機をつけていてそこから女性の声が響く。応援するときの声が耳元でささやかれているようで、驚いた界魔は思わずこけそうになる。
ぎりぎりで踏みとどまった界魔は交差点を曲がりラストスパートに入る。クマもずっと追いかけてきていて目的地に着いた界魔は振り返る。
できるだけ被害がでないよう彼らが誘導した場所は堤防の河川敷だった。
ここまでは計画通りだが界魔は冷や汗を流し周囲を見渡す。
「あの、マリアさん。捕獲部隊はどこに?」
『その急だったもので……。まだ現場に到着していません。こらえてください!』
「まじかよ!」
捕獲部隊がくるまで待ってくれと言ってもクマに通じるわけがない。
というよりクマはスピードを緩めず界魔に向かってくる。
人間の界魔がその一撃を喰らえばひとたまりもない。というより戦闘訓練を積んでない魔人でも魔獣に挑もうとはしない。
そんな魔獣などに対抗するため昔の人はある道具を開発した。
「魔装顕現! 起きろ、ヨグトース!」
界魔は腰にチェーンで下げた鍵を握り締めて叫ぶ。
すると鍵が黒く輝き、光に包まれた界魔にクマは警戒したように動きを止める。
光が収まり姿が変わった彼に、クマは威嚇するようにうなり声を上げる。
鍵は刀身がのびギザギザの刃に変化した。
そして界魔は全身に銀色を基調としたスーツをまとっていた。頭は竜のようなフルフェイスマスクをかぶり、ところどころに赤いひびのようなものがある。
これこそヒーローがヒーローであるための装備――魔装だ。戦うための鎧の役目はもちろん、正体を隠すためなど担い手により様々な効果と役割を持っている。
界魔の場合は人間であるため防御の役割が大きく、他にも役割がある。
「さぁ時間がない。早く来いよ」
界魔の挑発にクマは吠える。その瞬間大地が隆起しとがった岩が彼に襲い掛かる。
魔獣の特徴は魔人と同じように魔力器官を持つことだ。体内で生成した魔力を体外に放出する際性質を変える。それは雷や炎など多種多様だ。
かすっただけでも大けがをしそうな岩だが界魔はそれを殴りや蹴りで砕いていく。
ヒーローを目指すには怪力の魔獣や魔人と渡り合える力が必要だ。
だから魔装で人間を越えた力を発揮しているのだ。
全方位からの攻撃に対しては大きく跳躍し少しずつ距離をつめていく。
距離をつめれば次は武器の出番だ。
魔獣の攻撃を人を越えた速度でかいくぐり、関節部にある岩の隙間の刃を差し込む。
「《魔閉》!」
歴史が好きな界魔はこの鍵剣について色々試し資料を読み漁った。そして魔人が地球に来たときのことを記したイガル神話に出てくる剣にちなんでヨグトースと名付けた。
それは異世界の門を開く鍵の役割を持つらしいが、界魔にできたのは鍵を用いた解錠だけだった。例えば魔力器官の封印のように。
だが魔人や魔獣との戦闘では非常に助かっていた。その証拠に魔力の行使を抑えられたことでクマが隆起させた岩が砂に戻っていく。
相手が格上だと認識したクマはおびえたように後ろに下がる。
すると界魔は止めを刺さず剣を下ろす。そしてクマの頭をなでた。
「大丈夫だ。しっかりお前の家に帰してやるから。ていうかよくここまで来たもんだ。マリア、戦闘終わったし捕獲部隊を早く送って――」
『先輩! 大きな魔力反応がまっすぐそっちに向かってます! 接触まで十秒です!』
「方角は?」
『四時から六時の方向です』
だいぶ広い範囲な気がするが冷静に界魔はマリアに言われた方向を見る。
するとその方向から赤い何かが迫ってきていた。
明確な敵意を感じたのかクマは威嚇するようにうなるが魔力を封じられ気迫がない。
界魔はクマを守るように前に立ち武器を構える。
そしてマリアの言葉通りぴったり十秒で接触した。
金属同士がぶつかり合う音が響き周囲に砂埃が舞う。
「どういうつもりだ貴様」
「そっちこそどういうつもりだ。いきなり串刺しにしようとしやがって」
砂埃にまぎれ女性の綺麗な声が響く。困惑よりも怒りが大きく威圧感を感じる声音だ。
いきなり槍で突き刺そうとするなどどんな人物だと界魔も怒りが混じった声で返す。
少しずつ土煙がはれお互いにやっと姿が視認できる。
女性の姿が見えた瞬間界魔は怒りを忘れ言葉を失った。
切れ長の赤い目と太陽の光を反射し美しさを際立たせる金色の長い髪。
血のように赤いドレスからは長い手足がすらっと伸び、背中にはこうもりのような赤い翼がある。
それだけなら美しい女性だが彼女はその美しさに不釣り合いな槍を持っている。
綺麗だという言葉が思わず出そうだが、その前に女性は不敵な笑みを浮かべる。
「私を前に呆けるとは死にたいらしいな。密猟者よ」
「は? くっ!」
女性とは思えぬ力で界魔は押し込まれる。
界魔は必死に後ろのクマを守りながら思考をめぐらす。なぜ密猟者なのか、なぜ狙われるのかと。
「なにか勘違いしてるんじゃないのか? 俺はこいつの捕獲に来た帝校の生徒だ」
「そんな戯言誰が信じると……。何? それはほ、本当なのか……?」
東京帝魔学校は名前が長いためよく帝校と略される。
女性は耳に通信機をつけていて誰かと会話をしている。少しずつ顔色が悪くなり力が弱まっていく。
「貴様、名は何という」
「真田界魔だ」
界魔の名乗りを聞き女性は彼から離れ大地に降り立つ。
目線が界魔と同じくらいでかなり高身長なようだが足元を見ると黒いハイヒールブーツを履いていた。だがそれを脱いでも女性ではかなり身長が高いだろう。
彼女は気まずそうにすると頭を下げる。
「すまなかった。こちらの勘違いだった。そのロックベアは我が国でも神聖な生き物でてっきり君を密猟者かと思っていた」
「けがはないし別にいいって、気にすんな。ロックベアのほうもおとなしくしてもらうために多少傷をつけたけどすぐ治るような傷だ。殺したら最悪裁判沙汰だし……」
界魔は心配そうに見てくる女性のため元気だとアピールするため大げさに手を振る。
ロックベアは日本でも神聖な生き物であるため国は討伐しないことを推奨している。その理由は彼らの能力によるものだ。
ロックベアは大地を操作し山を耕し、過去には土砂崩れを防いだこともある。さすがに人を襲えば討伐しなければならないが今回は犠牲者は出ていない。だから討伐など簡単にできなかったのだ。
『いやー、間一髪ですね。ここに全通信機の番号があってよかったです』
「お前が誤解を解いてくれたのか。ありがとな。ていうか通信機?」
誤解が解け安心した界魔は魔装を解除し制服に戻る。だがマリアの言葉に首をかしげた。
「む? 言ってなかった。では……」
女性も魔装をまとっていたのかそれを解除する。
すると帝校の女生徒が着る制服をまとった彼女がいた。ドレスも高貴な貴族のようで似合っていたが制服姿もやはり綺麗だった。
唯一変わっていないのは制服でもハイヒールブーツを履いていることだ。
「あらためて自己紹介をしよう。私はアリス・ヴラデュレア。今年の春から東京帝魔学校高等部二年に編入する者だ。通信機は編入前からもらっていてな。ここへ来れたのもこれのおかげだ」
アリスは髪を耳にかけインカムを指でつつく。
「へー、じゃあ同級生か。ていうかこのままじゃ遅刻するし先に行けよ。俺は捕獲部隊が来るまでこいつを見張っとくよ」
界魔は落ち着きを取り戻し大きなあくびをするロックベアの頭をなでる。
まだ捕獲部隊が来ていないのにクマ一匹残しここを去るなど界魔にはできなかった。
だが編入生のアリスを編入初日から遅刻させるわけにはいかない。だから先に行くように彼は言うが、アリスは何を思ったのか河川敷の草原の上に座り込む。
「乗り掛かった舟だ。最後まで付き合おう」
「でもいいのか?」
「構わん。遅刻の分は仕事で取り返す」
これ以上何も言うなというようにカバンを枕代わりにしてアリスは草原の上に寝転がる。
説得は無駄だと思ったのか通信機の向こうにいるマリアと界魔はため息をつく。
なかなか癖の強いお嬢様だなと。
「マリアもサポートありがとな。助かったよ」
『じゃあ今度学食で何かおごってくださいね』
「いいよ。じゃあ通信切るぞ」
『はい。じゃあまた放課後会いましょう』
それからマリアは通信を切り界魔も草原に座る。その横には彼になぜか懐いたロックベアが寝ていた。