目指すべき場所
界魔が両親の死を知らされてから数日後、遺体は日本に移送された。
すぐに葬儀が行われ火葬も終わり、界魔は家族の思い出がある家にいることができず近くの公園にいた。
太陽は沈みかけブランコに座る界魔の影は長く伸びている。
目元には泣きはらした跡があり界魔はぎゅっとブランコの鎖を握る。
すると界魔の正面に誰かが立つ。
そこにいたのは軍服をまとった白いメッシュが入った赤髪の男性だ。
彼は膝をつき界魔に目線を合わせる。そして翡翠色の瞳で界魔を見る。
「真田界魔くんだね。俺はドライグ・アルビオン。一応ヒーローだ。そして君のお父さんとお母さんの友人だ。今回のことは非常に残念だった」
ドライグは悔しそうに拳を握り締め界魔に頭を下げる。
彼の言葉に界魔の鎖を握る手に力が入る。そして怒りの言葉がのどまで出かかる。
「俺は君のご両親が亡くなったとき一緒に仕事をしていた。側にいたのに守れなくて本当にすまない」
「なんで……!」
ヒーローなのになんで守れなかったのか、そう聞こうとして界魔は勢いよく顔を上げる。
だがドライグの姿を見て言葉を失う。
彼の体は傷だらけだったのだ。頭には包帯を巻き右腕はギプスで固定されている。
界魔の両親を守ろうと戦ったのだろう。そんな人に罵声をあびせるなどできなかった。
ドライグは手に何か持っていてそれを界魔に見せる。
それは剣の柄と鍵が合体したような黒く変わった物だった。
「これ、は……」
「君のご両親から預かったものだ。最期に君にはこれを渡してほしいと頼まれた」
界魔はドライグから鍵を受け取る。彼の父と母はよく海外からいろんなものを送ってきていて、これが最後の贈り物だと界魔は徐々に認識する。
「それと遺言書も預かっている」
「遺言書?」
「仕事柄危険なところに行くから毎回書いてるらしい。雪狐にはもう渡してある」
感傷に浸っているとドライグは血に濡れた手紙を界魔に渡す。
その血を見ただけで泣きそうになるが両親が残した言葉を知るために封を切る。
手紙は若干血に濡れ黒く変色していたが読めないことはなかった。
『界魔がこれを見てるってことは父さんたちは空に行ったんだろうな。帰ることができなくてすまない。幸せになれ。健康でいてくれ。雪狐と仲良くな。友人を大切にしろ。母さんと考えてすぐ浮かぶのはこれぐらいだ。あとは夢を諦めるなよ、未来のヒーロー!』
手紙を読み終えた界魔はあふれそうになる涙を拭う。
「……さすが父さん、お見通しか」
オウガにヒーローを目指さないかと問われたときは本心を隠していた。
歴史好きになったのもヒーローの前身である過去の英雄たちの偉業が好きだったからだ。
界魔の今までの人生はヒーローのおかげで出来上がったと言っても過言ではない。
だから自分もそんなヒーローになりたいと心の底では願っていた。
背中を押してくれた父と母のため。そしてもう家族を失いたくない、誰かに同じ思いをしてほしくないと界魔は強く思う。
「俺、ヒーローになります」
目指すはヒーローしかない。界魔は決意に燃える瞳でドライグを見る。
だが魔人がヒーローになるのが一般的な社会で人間のヒーローは少ないのが現実だ。
少し返答に迷うドライグだが界魔の眼差しに彼も応えたいと思ったのか立ち上がる。
「ヒーローの道はいばらの道だ。魔術を使えない人間の君には修羅の道になるだろう。友人の子の君にはそんな道を歩んでほしくないというのが俺の意見だ」
軍に所属するプロの言葉であるため本当に厳しい道なのだろう。現役の言葉に普通なら委縮し諦めるところだ。
だがドライグは決意に満ちた界魔の目を見ている。
だからヒーローになれないとははっきりと否定していない。
「それでもなりたいか?」
「なりたいです。もう雪姉みたいに誰かが泣くのは嫌なんだ」
まだ十歳の少年にこんな業を背負わせてしまったドライグは悔しそうに拳を握る。
だが界魔の覚悟を無下にせずドライグは、東京の中央にそびえる山を見た。山の頂上には建築物があり夕日に照らされ赤くなっている。
「あそこは東京帝魔学校。毎年ヒーローを多く輩出する名門校だ。ヒーローを目指すならあそこで学ぶといい。まぁあそこはただのスタートラインだがな」
「初めの目標がわかっただけで十分です。俺はあそこを出てヒーローになる」
迷いなどない。自分の将来の姿を見つめるように、界魔は山の上の学校を見る。
その姿を見てドライグは左手の小指を出す。
「約束できるか? その夢を決して手放さないと。ヒーローになった者たちは皆、その夢を手放さなかったからヒーローになれたんだ」
子供には重い約束かもしれない。だがヒーローを目指すとはそれだけ大変なことなのだ。
だが界魔は迷わず自身の小指を絡ませる。
「約束します。俺はこの夢を絶対手放さないって」
界魔の返答に満足そうにドライグはほほ笑む。
こうして真田界魔のヒーローを目指す物語が始まった。