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ヒーローの始まり

 十九世紀末期、中東の発掘調査で風化した巨大な扉の残骸が発見された。詳しい調査でシュメール初期王朝時代のものだとわかり、同時に世界を揺るがす真実を暴いた。


 その真実とは地球に存在する魔人が異世界から来たということだ。


 中東に伝わる伝承から魔人と人間の間に大戦があったことが同時に判明した。魔人を率いた魔王の名を取り、それはイガル神話として世界中に広まった。


 元々魔人は人類と異なり魔力器官というものを持ち、魔術という科学では再現不可能な奇跡を呼吸をするように簡単に使う。

 多くの専門家がどのような進化を経てその臓器を持つに至ったのか研究していたが、その理由が長らくわからなかった。

 しかしこの発見で異なる星で進化した種なら人類と違う進化も遂げると誰もが納得した。


 世間はもっと混乱するかと思ったがそんなことはなく、すぐに元の日常に戻った。

 それは総人口の半数近くが魔人でもう日常だからだ。朝の通勤で横を見れば竜が座っていたり、人を乗せて飛ぶタクシー代わりの翼竜、工事現場には巨人や鳥人がいる。

 東京のとある小学校でも鬼の少女や獣耳がある少年など様々な生徒がいる。


「えー、お前ヒーロー目指さないのかよ!」

「声でかいってオウガ。鼓膜破れるかと思ったぞ」


 そんな小学校の休み時間に狼のような尻尾と耳を持つ銀髪の少年、オウガ・シルバーの声が響き渡る。

 クラスの半数が魔人の一般的なクラスだ。

 彼の隣に座っていた真田界魔があまりの声の大きさに耳を抑える。オウガが「わりぃ」と謝り界魔はゆっくりと耳から手を離す。

 黒髪の隙間から人特有の耳が出てきたことから彼は人間なのだろう。界魔はため息をつくと机の上に肘を置き、その上に顎を乗せる。


「俺はオウガみたいな身体能力もなければ、魔術も使えないしヒーローなんて無理だって」


 ヒーロー、それは第二次大戦後に生まれた存在だ。大戦後社会は混乱し強大な力を持つ魔人が起こす凶悪犯罪が増え、戦争で疲弊した軍隊にはそれを止められなかった。

 凶悪な魔人を止めれるのは正義の心を持った人だけ。国連は犯罪に対処するため国籍、種族などを問わず、ただ正義の心を持つ者を集め国際魔導軍を結成した。

 弱者を助け悪を倒す兵士の姿に、いつからか彼らはヒーローと呼ばれるようになった。

 だがヒーローになれるのは魔人のような魔術を使えるものだけだ。強さがないと犯罪者をとらえることができないからだ。


 だから人間である界魔は元からスタートラインに立てないのだ。

 そんな少し悲しそうな友人の顔を見てオウガは何か思いついたのか瞳を光らせる。


「でも人間でも強力な魔人とか魔獣を倒した奴とかいるんじゃないのか? えーと、東京にもいたよな確か。名前は……」


 歴史に興味がないオウガは名前を思い出そうと机から社会の教科書を引っ張り出す。ペラペラとページをめくるも知りたい名前を見つけることができず彼は少し困り顔だ。

 だがオウガの言葉は界魔にとってのスイッチだった。


「たぶん宮本武蔵じゃないか? あとは酒吞童子とか土蜘蛛を倒した源頼光とか武田信玄の山鬼対峙とか、海獣退治だとフランシスドレイクとか有名だな。他には――」

「も、もうわかったからいいって。ほんと界魔って歴史好きだよな」

「おう。考古学者の父さんと母さんの部屋に毎日行ってるからな」


 瞳をきらきら輝かせる界魔は机の上にある歴史書をオウガに見せながら語る。あまりの気迫にオウガは少し引き気味だ。

 界魔の机の上には三冊の分厚い歴史書が積まれている。ラベルがはってあり図書館で借りたのだろう。


 歴史のことを語るときは楽しそうで、界魔はヒーローより別の物に憧れているようだった。

 彼の両親はイガル神話の研究をしている学者だ。家にはほとんど帰ってこないが電話で通話もできるし、何より姉もいるため寂しいと思ったことはなかった。というより両親がたまに送ってくる骨董品に夢中だった。

 その結果クラスでも随一の歴史好きになり社会のテストはいつも満点だった。


「お前はヒーローっていうより考古学者ってやつの方が向いてそうだな」

「やっぱそうか! そう思うよなー」


 オウガの言葉に界魔は瞳を輝かせる。やはり彼の将来の夢は考古学者なのだろう。

 ヒーローは皆の憧れの存在だ。そんなヒーローになれないことを悲観するかと思っていたオウガは余計な心配をして損をした気分になったのか、呆れたようにため息をつく。


『四年一組真田界魔くん。至急職員室に来てください』


 すると校内放送で界魔は呼び出された。

 クラスメイトに一斉に見られ界魔は何かしたかと冷や汗を流す。だが思い当たることがなかった。するとオウガが彼の肩に手を置き真剣な眼差しを向ける。


「とりあえず謝っとけ」

「いや俺何も悪いことしてないんだけど!」


 友人にも疑われ界魔は足元を見ながらとぼとぼと職員室に向かう。緊張からか周囲がやけに静かに感じ心臓がばくばくとうるさいのを感じる。

 だがさすがに昼休みだというのに静かすぎないかと思った界魔は顔を上げる。いつの間にか職員室の側に来ていて廊下の角で低学年が集まっていた。

 皆何かを見ていて、界魔も同じように廊下から顔を覗かせる。


 そこにいたのは黒いセーラー服に身を包んだ少女だ。

 雪のように白い腰まである長髪と頭頂部から出る狐のようなとがった耳。腰からは三本の美しい白い尻尾が出ている。

 彼女はアメジストのような薄い紫色の瞳にあふれそうなほど涙をためている。

 側には教師と話す警察もいて、近寄ろうにもその雰囲気に誰も近づけなかったのだろう。


「雪姉どうしたの?」


 血のつながりがないように見えるが彼女は界魔の姉である真田雪狐だ。雪狐の様子に彼は思わず声をかけて近寄る。

 すると彼女は弟を見て瞳から涙をあふれさせ手で顔を覆う。


「どうかしたの?」


 何か嫌な予感がして界魔はもう一度問いかける。


「お父さんとお母さんが……!」


 今にも消えてしまいそうなほど雪狐の声は小さい。話すことができないほど雪狐は泣きじゃくり、界魔も言いようのない不安に襲われ恐る恐る二人の警官の方を見る。

 犬の顔をした警官は憤りを隠すように帽子を目深にかぶり目線を逸らす。

 もう一人いた年をとった人間の警官は膝をつき界魔と目線を合わせる。その顔は子供を諭すような優しい顔つきだがどこか悲しそうだった。


「真田界魔くんだね。君のご両親のことで話があるんだ」


 姉の様子と周囲の警官の様子から、幼い界魔でも何か悪いことが起きたのだとわかった。

 だが心の中で父さんと母さんはきっと帰ってくると自身に言い聞かせる。


「君のご両親が遺跡発掘の調査中に亡くなった」

「嘘だ! 父さんと母さんが死ぬわけない! だって来週には、俺の誕生日には帰ってくるって約束したんだ!」


 現実を受け止められない界魔は警官の袖を掴み声を荒げる。

 五月十日は界魔の誕生日でこの日と雪狐の誕生日だけは両親は家にいてくれていた。嘘だと証明するために彼はスマホで父に電話しようとする。

 だが何度呼びかけても父は電話にでず、界魔のスマホを触る手が震えだす。

 焦る界魔を雪狐は後ろからだきしめた。


「あなたの未来は私が守るから……」


 姉の涙と温もりから界魔は徐々に現実を認識する。

 もうこの世界に大好きな父と母がいないのだと。

 界魔は震える手で雪狐の腕をぎゅっと握る。そして黒い瞳から涙をこぼした。


「父さん、母さん……」


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