「ずるいずるい」と言って私から奪い続け、挙句の果てには私を殺そうとした義妹の言い分
あら、お姉さまったら、起きてしまったのね。
全くもう、駄目でしょう? 寝るときにはちゃーんと寝ないと、良い子から悪い子に成り下がっちゃうわよ?
お姉様は昔から、家族から愛される良い子だったのだから、最期の時まで良い子の自分でいようとか、思わないの?
えぇ、聞き間違いではないわよ?私は今、‟最期”って言ったの。だって、貴方は今日、死ぬんだもの。
さっきは、解毒剤を飲まされちゃって毒の効力が弱まって、お姉さまのこと殺し損ねちゃったけど、今回はしっかり殺してあげるから、安心してね。死に損なったら、苦しいものね。
それより、随分と驚いた顔をなさっているけど、もしかして、どうして自分が殺されなくてはならないのか、まだ見当がついてないの?
お姉さまったら、相変わらず随分と鈍感なようね。そんな性格だから、数多もの殿方がお姉さまに惹かれたのかしら。
まぁ、とりあえず、最期のお喋りを楽しむために、少しの間だけ口枷は外してあげる。…あと、助けを呼ぼうとしているようだけど、叫んでも助けは来ないわよ?ここ、少し特殊な場所だから。
―――それじゃあ、お姉様もようやく大人しくなったことだし、水入らずの姉妹二人で、楽しい楽しいお茶会を始めましょうか。
ひとまず、何から聞きたい?遠慮なんて要らないから、お姉さまの最期のお茶会を、お喋りを交えて楽しみましょう。
…聞かれると思った。えぇ、勿論教えてあげるわ。どうして自分が殺されるのか、知らないままでは可哀想だものね。こちらとしては、気付いていないそちらの方が不思議だけれど。
ねぇ、私の母親、というか、あなたの義母が何をしていた人か、知ってる?
流石にそれぐらいは知っていたようね。正解よ、お姉さま。私の母親は、花街で暮らす踊り子だったの。
だから、この屋敷に来た時は、嬉しかったわ。
もう、泥水を啜るように、地を這うように、生きなくていいんだって。温かな食事と、衣類と、住居を得られるんだって。そう、思ったの。
でも、全部所詮は夢物語だった。
だって、実際のところは、どんなに人生が逆転しても、まるっと生活が変わったとしても、私は、お姉さまのような、生まれつき恵まれていたような人間ではないでしょう?
だからかどうかは知らないけれど、美しい宝石も、綺麗なドレスも、煌びやかなお菓子も、優しい家族と使用人も、全部、貴方に惹き付けられて。そして、全部、貴方の物になったの。
何てずるいんだろう、何て嫌な人なんだろう、そう、思ったわ。
だからね、全部、奪ったの。
「ズルいズルい」って言って、わめいて、泣けば、周りの人間は簡単に私を信じてくれた。
そうやって、全て貴方から奪ったわ。
…ふふ、泣かないで?泣いたら、私を喜ばせるだけよ?
だって私、貴方がそうやって、惨めな姿でそこにいるのを、ずーっと見たかったんだもの。
睨んでも、怖くないわよ?だって、心の底では、怯えているものね。いつ殺されるか分からないの、とっても怖いでしょう?
そういえばお姉さまは、最近は隙あらばいつも泣いていたわよね。泣いたって何にもならないのに、泣いて、常に悲しんでいて、随分とお美しかったわよ?
まぁ、本音をいえば、泣いている姿も憎たらしかったのだけれど。
だって貴方には、泣く資格なんて無いもの。
でも、そう言ったのに、涙を流し続けるお姉さまは随分と愚かなようね。そうね、泣く度に、鞭打ちをすることにしましょうか?
あら、ようやく泣き止んだわね。
助かったわ。お姉さまが泣いている姿を見ると、どうも殺意が抑えきれなくて、今すぐにでも殺したい衝動を制御するのが大変だったの。
…私が人間ではないって、非人道的だって言うの?私、貴方よりは人間寄りだと思うけど。
随分と、納得していないような表情ね。
あぁ、そうだったわ。お姉さまは、幼い頃に記憶喪失になってしまっていたのですっけ。あまりの憎悪に塗りつぶされて、忘れてしまっていたわ。
まぁ、記憶喪失になったからといって、許すわけがないけどね。
そうでしょう?
だって、記憶がどうなろうとも、汚れた手も、人が悶える様子を焼き付けた眼も、そのままだもの。
私のお母様も、屋敷の使用人も、領民も、裏で殺めて、私のことも、裏では虐めて。
そのくせ表では、義妹によって追いやられる悲劇の姉を演じているのだから、裏表の差で反吐が出そうだったわ。
…‟でも、あなたは私のものを奪っていった”?
えぇそうよ?だってズルかったんだもの。
先日までは血と叫び声を浴びて花のように笑っていた人が、ふと気付いたら、まるで別人のように、素知らぬ顔で、幸福に暮らしていることが。
……四年間と、数ヶ月。
それが、私がお姉さまに捕らえられて、生き地獄で暮らした日数よ。
何せ、初めて屋敷に来たその日から、生き地獄は始まっていたのだから。
でも、そんな生き地獄も、お姉さまが事故にあって、まるで別人のようになって、終わってくれたの。
そして、それからいつまで経ってもお姉さまに危害を加えられなくて、血反吐を吐くのも、身体に傷を付けられるのも、罵詈雑言の嵐で責められるのも、表で仲のいい姉妹を演じるのも、もうしなくていいんだって気付いて、心から安堵したわ。
だから、ズルいズルいって言って、お姉さまから全てを奪ったの。
それでも、殿方は皆、お姉さまに惹かれて、奪ってやったお姉さまの婚約者も、お姉さまにまた惹かれて。私、お姉さまのどこが良いのか分からないのだけれど、もしかしたら、義妹によって追いやられている立場に立って、一人でメソメソ泣いて、けれども花のような笑顔を見せるお姉さまは、庇護欲をそそるのかもしれないわね。
だけど、お姉さまの嫁ぎ先の辺境伯が、お姉さまを連れて我が家に乗り込んできたときは、流石に驚いたわ。確か、‟よくも俺の妻を虐げてくれたな”でしたっけ?本当にその通りで、笑えるわね。
それで、私が素知らぬ顔で否定をしたら、お姉さまもそれに便乗して、二人っきりにして欲しい、なんて言っちゃって。
あの辺境伯も辺境伯で、私とお姉さまで、護衛無しで二人っきりにさせちゃって、本当に、愚か同士でお似合いの夫婦よね。
でも、お姉さまが毒を飲まされたって気付いて、辺境伯様の名前を真っ先に叫んで、すぐに解毒剤を飲まされちゃったのは誤算だったわ。毒を飲ませてから口枷を噛ませる予定だったけど、ようやく殺せるんだって嬉しくって、気が動転して忘れちゃってて。
だから今回は、寝室で眠るお姉さまをわざわざ地下室まで運ばせて、ここで殺すことにしたの。
助けを呼ばれたら面倒だからっていうのもあるけど、お姉さまも、昔愛用していた部屋で死ねたら幸せだろうと思って。
ねぇ、血生臭い匂いが充満して、血と涙と叫び声が染み付いたようなこの部屋、どう思う?
昔はお姉さまのお気に入りの部屋だったけど、もう何年も使われていなかったから、ある程度片付けるのがとっても大変だったの。でも、お姉さまに最期ぐらいは快適に過ごして欲しいから、頑張ったわ。
…あぁもう、この期に及んでゼンセとかテンセイとかって言わないでくれる?それは私にとってはただの言い訳にしか聞こえないの。どんなに記憶がとんでも、貴方は貴方で、私の復讐相手であることは変わらないんだから。
まぁでも、もし、お姉さまにテンセイ?したのだったら、ご愁傷様。せっかく生き返れたのに、可哀想ね。
ふふ、私に人の心がないっていうの?えぇ、ある意味正解よ?だって、私の心を手に掛けたのは、あなたでしょう?
だから、テンセイとかゼンセとかは、責任転嫁でしかないって、さっきから言っているでしょう?
ずーっと、ずーっと覚えているわ。
お母様の叫び声も、大好きだった人の血しぶきも、その生ぬるさも。さっきまでは確かに笑っていた人が、一瞬でただの肉塊と化す様子も。
鞭のしなりも、剣の鋭利な銀色も、全部、全部、身に染みて、覚えているの。
だからこそ、お姉さまが幸福そうに暮らしているのが、許せなかった。
それに、自分が相手にしてきたことは水に流してくれ、でも相手が自分にしてきたことは水に流さないでくれ、なんて、都合が良すぎると思うでしょ?
ね、心優しいお姉さま。
…あぁ、もう聞こえてないかもね。
ごめんね。ちゃんと心を落ち着かせるって、一回目の失敗で決意したのに、やっぱり冷静になんてなれなかったの。
……それじゃあ、さよなら。親愛なるお姉さま。