9. 少しずつ
「部活、どうする?」
お昼のお弁当を食べ終えて、めいが言った。
「うん……まだ迷い中」
私は、ご飯の最後の一口を飲み込みながら、応える。
実は、めいが入院している間に、私はいくつか誘われて体験入部には行った。でも、部活は強制ではないから、まあそのうち、と先延ばしにしていた。入るなら、めいを待ってから、という気持ちもあったけど。
「仁科さんと吉田さんは、バレー部、雰囲気どんな感じ?」
めいが訊くと、
「練習中は厳しいけど、終わったら、先輩たちはめっちゃ優しい。せやから、けっこう楽しいよ」
仁科さんが答えると、
「ちょっとコワイ先輩もいてるけど」
横から、吉田さんが付け足した。
「そうかぁ。どこも、いろいろあるよね」
うなずく私たちに、吉田さんがタッパーに入ったブルーベリーをさしだす。
「これ、けっこう甘いねん。食べてみて」
「ありがとう」「いただきます」
手を伸ばす私たちを、吉田さんはニコニコして見ている。
私の仲間はずれ事件のあと、いつのまにか、めいと私、仁科さんと吉田さんは、一緒に机をあわせてお昼ご飯を食べるくらいに、仲良くなった。
ちゃんと付き合ってみると、吉田さんは、ちょっと甘えん坊で思い込みの激しいところもあるけど、意外に気のいい子だった。そして、仁科さんは潔く義理がたい性格で、私にあのときのことを何度も謝ってくれて、今では、私にとって話しやすい友達になりつつある。
吉田さんのくれたブルーベリーは、めちゃくちゃ甘かった。
「これ、めっちゃおいしいね」
「ほんま。粒もすごく大きいし」
私たちが、ブルーベリーをつまみながら話している横で、他の机の女子たちの会話が聞こえてくる。
先輩たちのうわさ話だ。わずか1年や2年しか年が違わないのに、中学生にとっては、その1年2年の差はとても大きい。
「……先輩がさ、しつこいねん。基礎トレやってる間中、私に好きな人の名前を教えろって言うねん」
「あ~、それ聞いたことある。体験入部のときにも、しつこく言われて入部するのやめた、て言うてる子もおったって」
「私が体験行ったときは、そんなことなかったから知らんかってん。でも入部したら、一部の先輩たちが、毎日言うてくるねん。『好きな子できたら教えや。協力したるし』とか『私が代わりに話しに行ったるで』とか」
「うっとうしいね」
「ほんまそれ。余計なお世話やし」
「そんな、入学してすぐに好きな人なんてできるわけないやん」
「ほんまほんま」
もれ聞こえてくる会話を聞きながら、
「やっぱり、いろいろ、あるね……」
仁科さんがため息をつく。
「佐野さんや相良さんは、部活どうするん?」
「迷ってる」めいが言う。
「そういえば、佐野さん、バスケ部からスカウトされてたよね?」
吉田さんが思いだしたように言った。
めいが目を瞠る。
運動関係全般、水泳を除いて、超がつくほど苦手の私だ。そりゃびっくりもするだろう。
なんでスカウト? って顔をしている。
「……それはさ、あり得ない奇跡と、とほうもなく大きな誤解のなせるワザでね」
私が苦笑いして言うと、仁科さんが笑って、
「いや、でも、単なる奇跡と誤解というには、あまりにも見事なロングシュートやったもんね」
それは、体育の授業でのことだ。
初めて試合形式でバスケットボールをやっているとき、私はたまたまコートの真ん中あたりにいた。そこへ、突然ボールが飛んできた。
焦った私は、かろうじてそれを受け止めたものの、どうしていいかわからず、おろおろしているうちに、あっという間に周りを相手チームに囲まれた。
パスもドリブルもしたことない。でも、ずっと持っていたらアウトだし。一体どうすれば……と思ったとき、ふいに遠くのゴールが目に入った。
そや。とりあえず、あそこに向かって投げよう。
えいっと思い切り、右腕を遠くに伸ばすようにして、ボールを投げた。
そしたらなんと。
入ったのだ。ゴールに。
ボールがネットを揺らすのを見て、誰より一番驚いたのは私だ。
「あれは、みんなびっくりしてたよね~。いきなり見事なロングシュート決めて」
「そうそう。隣のコートにいてた2年のバスケ部の先輩たちが、おおお!ってどよめいてた」
仁科さんと吉田さんが言った。
「へえ~。すごいやん、実晴」
めいが、目をきらきらさせて言う。
「ほんま、すごかってんよ。それも1回だけちゃうねん。そのあと2回目3回目も、すっごいロングシュート決めて」
仁科さんが、めいに解説する。
「おお、実晴、実は才能あったんちゃう? 見たかったなあ。めっちゃ残念」
めいが本気で残念そうに言って、私は、ちびまるこちゃんみたいに肩をすくめた。
「うん。ほんま、あの日は誰よりも私がびっくりしたよ」
そう。ほんとにびっくりした。
「2回目と3回目のシュート決めたとき、隣のコートからも拍手出たよね。先輩たち、すごいすごいって、絶対うちのバスケ部に誘う!って声も聞こえたもん」
吉田さんが言った。
「で、誘われたん?」
「うん。でも、バスケやったことないし、運動、超苦手です。て言うたのに、先輩たち信じてくれへんかって。断り切れんくて、体験入部にうっかり行ってしもてん」
当然のことながら、体験入部はさんざんで、先輩たちは、
「すみません。やっぱり入りません」と言った私に、
「かまへんよ~」と優しく答えてくれた。でも、どうみても、その顔はがっかりしていた。
「そっかぁ。それは大変やったね」
めいが気の毒そうな顔をした。先輩たちと私の、どちらを気の毒に思ったのかはわからないけど。
「やからね。私は運動部は、やっぱ無理やなって」
「ん~、そやなあ。何部がいいかな」
めいと私が、首をひねっていると、
「放送部にしたら」
教卓の辺りから声がした。
見ると、担任の三田先生が、こちらを見ていた。
「去年までは、生徒会に所属の委員会やってんけどね。今年度から部活扱いに変わって。まだ、みんなに知られてないから、部員がいてへんのよ。他の部活とのかけ持ちもできるし。どう?」
「放送って、どんなことするんですか」
私が訊くと、
「昼は、昼食時間に、校内のお知らせや、リクエスト曲紹介したり、曲流したり、ちょっとDJぽいことして。放課後は、5時になったら下校を知らせる音楽をかけて、下校を呼びかけるアナウンスをするの」
「部員は、今、何人くらいいてるんですか?」
「まだ確定じゃないけど、あなたたち以外に、2人くらい声かけてるところ」
思案顔の私たちに、先生は、
「ついでに言うと、できたばかりの部やから、先輩はおらへんよ」
そう付け加えた。
「どうする?」
「どうする?」
私たちは、思わず顔を見合わせた。
「やります!」2人の声が重なった。
「おおお。入ってくれる? よっしゃ、じゃあ、あとで、入部届取りにおいで」
先生もなんだか嬉しそうだ。
思いがけず、悩んでいた部活問題も解決して、私は、ホッとした。
「よかったね」
仁科さんと吉田さんも、そう言って一緒に笑ってくれた。
「うん」
うなずいて笑顔を返しながら、私は、ほんの少し前まで苦痛で仕方なかった教室の空気が、少しずつ軽くなっていくような気がした。