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6. しんどかったやろ?

 

 朝、私は、いつもより、じわっと遅く家を出た。今や、すごく居心地の悪い場所となった教室の中に、あまり早く着いてしまっては、座っているのが苦痛だからだ。

 水原くんと話しながら登校する楽しみが減るのは、すごく残念だけど、しかたない。それに、今、一緒に登校してる姿を見られることは、よけいに、事態を悪化させそうな気もした。


「おはよう」

 下足室で会ったクラスの女子に、声をかけたけど、当然のように、返事は返ってこなかった。

 ……やっぱり。

 

 教室に入るのを、一瞬ためらったけど、他に行くところもなくて、おそるおそる、教室に入るしかなかった。

 よくドラマとかで、登場人物が、屋上に行って1人でぼんやりしているシーンがあるけど、がっつり鍵がかかってて、普通、そんな簡単に屋上なんかいけないし、図書室は、月水金のお昼休みにしか開いていないし、保健室も、よほど体調が悪いのでなければ、意外と敷居が高い。お腹が痛いわけでもないし、頭が痛いわけでもない。ただ、胃のあたりが、ジクリと痛いような気がするだけの私に、行ける場所ではない。

 ほんとに、居場所ってない。黙って自分の席に座っていると、

「おまえ、なんかあった?」

 隣の席から、井川くんが、言った。すこし、心配そうな顔つきに見えた。……相変わらず、目つきはきついけど。

「ん? いや、別に、何もないよ」

 平静を装う。何もないどころか、大ありやけど。

「ふ~ん」

 井川くんは、それ以上は何も言わなかった。

 ふと視線に気づくと、離れた席から、水原くんが、私の方を見ていて、目が合うと、ニコッと笑った。地獄に仏って、こういうことをいうのかな? よくわからないけど、一瞬そんなことを思ったりした。

 

 苦痛な一日がやっと終わった。荷物をまとめていると、

「ちょっと、今日、話あるねんけど」

 帰り際、井川くんが低い声で言った。

「え? え? いいけど。何?」

「まあ、帰りながら話すわ」

 そう言った。

そして、すたすたと私の前を歩いて行く。私は、ちょこちょこと後を追いかける。

そのまま校門を出て、少し歩いたところにある人目が少ない公園の片隅で、ベンチに腰を下ろすと、

「忘れんうちに、さき、渡しとくわ」

 彼がそう言って、カバンから取り出してきたのは、ピンクのブタのぬいぐるみだった。

「に~に!!」

 私は、心臓が止まりそうなほど、びっくりした。なんで? なんで、に~にが、ここに?

「ま、まさか」

私は、焦りつつ言った。

「……ごめん。実晴の様子がおかしいから、心配で来てしもた」

 に~にが申し訳なさそうに言った。


 に~にと、井川くんの話を、まとめると、どうやら、私を心配したに~に(お兄ちゃん)は、こっそり、私の体操服入れの手提げバッグにもぐりこんで学校についてきて、様子を見ていたらしい。そして、私が、クラスの女子たちから仲間はずれにされていることを知り、どうしたものかと考えながら、教室を歩き回っているとき、ひょっこり教室に戻ってきた井川くんに見つかってしまったのだという。

「いや、動いてるから、めっちゃびっくりしたけど。しゃべってみたら、おまえの兄ちゃんやって言うし」

「えええ……」 

 そこで、2人は、最近のクラスで起きていることや私の様子を話し合ったんだそうだ。

 井川くんは、最近の女子たちの不穏なムードに気がついて、実は、秘かに、その原因を調べてくれていたらしい。教室に戻ってきたのも、その件で、他のクラスの美化委員から、話を聞いてくれていたからだったのだ。

「状況は、ほぼ把握した。もう大丈夫やで。それにしても……おまえ、ここんとこずっと、……しんどかったやろ?」

 井川くんが、低い、優しい声で、言った。

 その次の瞬間、私の両目からは、一気に、こらえていた涙があふれ出た。に~にを抱きしめながら、ぽろぽろ泣いた。

に~には、そんな私の腕の中で、うなずきながらもじっとしていた。



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