23 終焉の原因
<菩提樹>に転移して、引退して暇なはずの前局長を探したら、焦った様子で走ってきた。
「ど、どうしたのです。ユレスが呼び出すことも、強制連行させることも、餌で釣ることもしていないのに、自らやってくるだなんて、何があったのです!?」
「……ご無沙汰していたのは悪かったが、オレが自発的に来るという発想が無いのはどうなんだ」
「保管倉庫の事故のことは把握していますが、どうせユレスのことです、まあいいかで流してしまうだろうと思っていましたからね。またローゼスを引っかけて連行させるしかないと思っていましたよ」
すべて白状しろと特別区画に連れて行かれて、対価代わりに全部話した。
聞き終わったボーディは手を組んで考え込んでいたが、オレの肩上でにゃあと鳴いた黒猫に目を向けた。
「……つまり、ワトスンは両方とも、アリス・ノートを見ていたのですね?」
「分かっているだろうが、子守猫の情報収集は偏ってるから、精度は落ちるぞ」
「その代わり、警戒時における監視猫の情報収集機能は上乗せしてあります。局長にはわたしから連絡しますので、情報提供しなさいね。それから、アリス・ノートのことは残念だけど、焼失したなら仕方ないという態度を貫くのです」
「アレク捜査官に伝えておく。オレとアレクの取引の件については、知っている連中が黙っていれば、意外にばれないと思う」
「そうですね。わたしもローゼスもいらぬ情報は漏らしませんし、幸いにも冤罪捜査官が退席した後の取引でしたしね」
「退席した後のことについて冤罪捜査官が探りを入れたとしても、アレク捜査官は上手く躱すだろ。取りあえず、蛇に警戒されている黒猫は、アリス・ノートに関心が無いという態度でいて、刺激しないことにする」
「関心が無いのですか?どうせ遺物管理課の捜査官席にいても暇でしょうし、頑張って解読したらいいではないですか」
「無茶言うな。ワトスンは旧世界の言語のほとんどを理解しているようだが、翻訳してオレに伝える言葉はすべて、にゃあだぞ。アリス・ノートの内容もすべてがにゃあになるなら解読できると言えるかもしれないが」
「何やら哲学的な話題になってきましたね」
「単にAIには向き不向きがあるという話なだけだ。暗号解読関係は祖父さんの相棒が得意だろ。子守猫は子守以外、やる気がない」
「ワトスンの最優先任務ですし、その一点に関しては最高の信頼度だと思いますよ。ワトスンはマスターである子どもを必ず守ります」
「そのためには何でもする危険性をボーディはよく分かっているはずだが」
「ええ、もちろん。危険視されるほどの能力ですからね。ただ、同時にわたしは安心するのです。ワトスンが必死に子どもを助けてと訴えると、冷徹な思考機能のみであるはずのAIが、それに応じるしかなくなることに。人とは違うと主張しながらも、人のようではありませんか」
ローゼスもそう主張するし、旧世界管理局の職員の大体はそう思っている。だからこそ相棒のAIを尊重するし、それゆえに相棒はAIは人ではないと線引きしてくる。
上手くかみ合わないようでいて、それでもAIはマスターとの繋がりを大事にするような態度を見せてくれるから、それが単なる機能や設定ではないと期待してしまうのだ。
人なのか人でないのか、それ以外なのか、おそらく明確な回答はない。
旧世界でもAIの定義について混乱していたような事例と記述がみられるから、旧世界人も明確な定義はできなかったのだろう。
オレも定義できるとは思わないが、そういう存在として扱えばいいだけだと割り切ってはいる。
定義できないものであっても、子守猫はオレを守るし、他のAIに必死に訴えるのだ。子どもを助けてと。
ただし、通じない相手もいるが。
「天使には通じないようだが」
「天使は人ではありません。旧世界人の言う天使には多くの異なる認識がありますが、少なくとも<天使>は人を壊すものです。
天使とは、人の進化した先であると旧世界の人々は考えたようですが、<天使>は人を進化させるどころか進化の可能性すら摘み取り、そして世界は崩壊して再構成を選びました。旧世界の崩壊については諸説ありますが、ユーリ捜査官と私はその説が最も真相に近いと考えています」
「……祖父さんは、終焉の獣が世界を滅ぼした説も正しいと言っていたが」
「どちらもです。崩壊原因が多すぎて、旧世界にはその先が無かったのは確実です。ゆえに、再構成された世界で旧世界の過ちを繰り返してはいけません。ですが……お馬鹿さんは埋もれた遺物を掘り返してはろくでもないことを企み続けますね。本当に、困ったことです。
ユレス、関わるなとは言いませんが、わたしたちにも因縁があります。その場合は獲物を譲ってもらいますよ?」
「邪魔する気は無いが、局長引退して隠居したんじゃなかったのか?ジェフ博士が、局長引退したら続きに着手すると言っていた歌はどうなったんだと聞いていたが」
<私たちは世界だ>の歌のことを聞いてみたら、ボーディは少し考えた後に強く頷いた。
「素晴らしいことを思いつきました。ええ、完成させましょう」
「ということは、まだだったのか。だが、思いついた?」
「ええ、思いついたのです。途中で制作を止めたのは一応他の理由もあったのですよ。拘って旧世界の言語で歌ってもらいましたが、これだと旧世界管理局職員くらいしか意味が理解できない歌になると気づきました。多くの人に受け入れてもらえないのでは、かけた労力がもったいないではないですか。
なので、後半は今の世界の言語に翻訳して歌ってもらうことにしたのですが、壁にぶち当たったのです。わたしの相棒は旧世界の言語で歌うのは得意ですが、今の言語で歌うのは苦手なのですよ。今の世界の言語で流暢に会話が成立するのに、意外な弱点ですね」
「会話が成立するだけで十分過ぎる。にゃあよりいいだろ」
「にゃあは旧世界でも今の世界でも共通して使える、ある意味最強の言語ですよ。こうなったら、にゃあも入れましょう」
「どこに」
「もちろん<私たちは世界だ>の完成版にですよ。今の世界の言語の歌は今の世界の人が歌えばいいのです。後半は今の言語で、旧世界管理局の職員に歌わせましょう。前半と後半は共通言語のにゃあで繋げばよろしい」
「……音楽的才能がないオレでも、それはおかしいと思うぞ!?」
「ありです。にゃあは世界共通言語ですからね。にゃあを全体に散りばめれば統一感が出ますから、協力しなさいね。ユレスに歌えとか無茶は言いませんから、ワトスンに頼んでください」
「絶対断られるぞ、ワトスン」
呼び出したら、子守猫が腕輪から立体映像でぴょんと飛び出て来て、にゃあと鳴いた。ついでに監視猫もにゃあと鳴いた。
「了承は得られました」
「今の了承なのか!?」
「わたしがユレスに付き合って、どれだけワトスンとの意思疎通に尽力したと思っているのです。今のはいいよと言ったのですよ!」
どうしてオレの周囲には、話聞かなかったり強引なじじいとかばばあが多いんだ。さっそく声が良くて歌が上手いのを物色するために<菩提樹>を徘徊し始めた前局長と別れて、オレは家に帰った。
今日は、女装もさせられたし、色々と話し疲れたので、これ以上疲れたくない。さっさと寝台に潜り込んだが、それは許さないと言いたげに、寝台に転がったオレの胸の上に黒猫がぴょんと飛び乗った。
『知っているかね、マスターよ。世界は堕ちた天使を選んだ人を捨てたのだ』
「今日はもう眠りたい」
だが、黒猫がぴょんぴょん跳ねて邪魔をする。その目の輝きが琥珀色から金色に変わって来たので、仕方なく相手をすることにした。
「ずいぶんと苛立っているんだな」
『吾輩は、天使が嫌いだ。吾輩は人など救ってやる価値はないと判断したが、それでも、天使が嫌いだ。ゆえに、吾輩は、人を救うために天使を喰らって世界を終わらせてやったのだ』
「獣は……人を捨てたんじゃないのか?」
『吾輩は天使が嫌いなのだ。ただそれだけだ』
駄々っ子のような獣を撫でているうちに、金色の輝きがとろりと甘い琥珀色に変わった。
「……オレは、自分が救われるために、世界が終わっても嬉しくないが」
『子守されるマスターの意見など聞かぬ。マスターが天使に奪われるのであらば、吾輩が終焉を与えよう』
喉元にすり寄るように、牙を立てるように、顔を埋めて来た獣を抱きしめてやった。
「その方が、終焉の獣らしくていいな」
黒い子猫はただ、にゃあと鳴いた。
第五章完。
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