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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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22 未完成の歌


 食事をしながら、アリアが子守歌はどの歌がいいか聞いて来た。


 ジェフ博士かアリアが好きなのでいいと思うんだが。オレが分かっていないことがわかったのか、じじいが呆れた顔で言った。


「おいおい、子猫ちゃん、まさか忘れちまったのか?アレクと取引したんだろ?アリス・ノートを入手できなかったら、アリアってかマリア・ディーバが遺物の楽曲から子守歌を歌って公開すると」


「……そう言えば、そんなことも言った気がするが、アレクはアリス・ノートを入手してオレに見せたから、取引は正当に成立して終わったと思うが」


 姉弟は揃って首を振った。


「結果的に入手できませんでしたから」


「わたしも納得できませんし、子守歌は歌いたいから、やらせてくださいね」


「やりたいならオレが止めるものではないし、本当にお腹の子どものために歌ってあげるといい。だが、博士かアリアが好きな歌がいいと思う。お腹の中にいる間も聞こえているらしいしな。覚えていなくても」


「そう言われても、儂は子守歌とかさっぱり分からん。お前の祖父さんにしたって子守歌って発想自体なく好きな曲を流していたが、子猫は無視して寝ていたしな」


「割とうるさかったと思うが、人は慣れる生き物だからな」


「あなたが好きな歌はありませんか?」


「……思いつかないくらい、たくさん聞かされていたから出てこない。旧世界の楽曲とか歌は、騒音とか攻撃的なのもあるが、美しいものも多くある。祖父さんは旧世界の楽曲を聞くと、崩壊に至る世界であっても人の精神の中には美しいものもあったのだと分かって、安堵するとか言っていた」


「まあな。遺跡調査してると、かなりえぐかったり気が滅入るのを発見することもあって、旧世界ってほんと救いがねぇなと思うこともあるんだが、見つかる遺物の歌は綺麗なもんが多いんだよな。だから儂は旧世界の楽曲を聞きながら仕事することもあるが、マリア・ディーバの歌も好きだぞ」


 仲良し夫婦の雰囲気から目を逸らして遠くを見た。

 アリアが子守歌を選ぼうとしたのか楽譜が散らばっているのが見えて、アリスの楽譜を思い出して、うっかり言ってしまった。


「アリスも、旧世界の歌が好きで、それで旧世界に興味を持ったと言っていた」


「すごい天才で、自分で作った歌も歌ってたと思うんだが、そうだったんか。カバーして歌ったってことは無かったと思うが、ユレスは聞いたことあるのか?」


 ジェフ博士が気遣うような視線で会話に乗ってきたが、気遣っているようでいて割と気遣いのないじじいとかばばあは、こういうとき遠慮なく踏み込んで来るし、その方が気楽かもしれない。


「一人ではカバーしきれない歌だから一節だけだ。博士と祖父さんが二人で交互に歌って繋げようとしても無理だった歌」


「あー、あれは二人でも無理だからな。グループ歌手がカバーしたのがあるが、本物の迫力知ってると、あれですら別物って思っちまうからな」


「もしかして、あの曲ですか?<私たちは世界だ>って歌う?実は、わたしが初めて聞いた旧世界の楽曲です。そのグループ歌手の方がカバーしたものですが、あれを聞いてわたしも歌いたい!って思ったんです。

 しつこい方から助けてくれたジェフがわたしを落ち着かせようと、ちょうど聞いていた音楽をわたしにも聞こえるように音響拡大してくれたら、その歌で。もうこれは運命だと思いました」


 奥手のくせに気障な真似するよな、じじい。というオレ視線を逸らすためか、ジェフ博士がそそくさと曲をかけに行った。

 姉のお気に入りだから、弟も知っていたらしい。


「私もこの歌は好きですよ。博士が本物の迫力と言っていたのはどういうことですか?」


 アレクが博士ではなくオレに聞いてきたが、これは仕方ない。夫婦は二人の世界に入っているからな。


「まずは前提から説明することになるから少し長い話になるが、旧世界の楽曲は基本的に楽譜で提供されるし、旧世界映画の音響とか音声は元の音源を元に調整してから公表している。旧世界とこの世界は音響の原理が違うから、そのままで流すと変な感じに聞こえるんだ。

 振動比とか和音のような根本原理は共通するが、旧世界では音は大気を振動させて拡散して伝えていたが、今の世界だと音が大気も振動させるが、精神よりの高振動領域に干渉して伝播するものになっている。つまり、旧世界より、声とか音は精神体に作用しやすいものになっている」


 <天使の歌声>のことは夫婦の前では言えないが、オレの遠回しな言い方でそこは察してくれたらしい。


「閲覧申請して見せていただいた旧世界映画は違和感が無かったですが、あれは私たちが聞きやすいように調整済みということですか。そう言えば、旧世界の言語と今の言語は違いますが、今の言語で音声が流れましたね」


「旧世界管理局遺物管理課の暇に任せた仕事だ。非公開作品でも音響関係はすべて調整済みだし、特におすすめの作品は、今の世界の言語に音声吹替までしている。

 実は、音響の違和感とか不愉快さが人の身体と精神を不調にするから、旧世界の映画とか音楽作品は音響調整しないと割と危険物なんだ。音響調整すれば問題はないが、違和感はないが魅力がないとか、本物感が無いという意見が結構多い。歌の場合、旧世界言語で歌われると意味が分からないこともあって、人気が出なかったりする。

 本来の良さが発揮できず、作品を貶めかねないので、楽曲は楽譜で提供するのが基本だ。今の歌手にカバーして歌ってもらう方がいい出来栄えになる」


「わたしも、旧世界の音源だと違和感だからと聞いたことがありますし、だから、遠慮なくカバーしていいと言われましたけど、旧世界の方とはいえ他の方の作品を勝手に歌わせていただくのは気が引けますね。

 ところで、ジェフが本物の迫力と言っていたのは、まさか、危険な本物の音源の方で聞いてしまったとか」


 アリアは本当に博士大好きだな。夫婦の世界に浸りつつ、オレの話も聞いていて、夫の身を案じているのか。


「大丈夫。博士が聞いたのは、本物を求める暇な拘り派が作った、限りなく本物に近い偽物だから」


「言っとくが、お前の祖父さんが提案したようなもんだぞ。ボーディの相棒のAIは、旧世界のあらゆる言語で多くの音域をカバーできる。局長室で暇だって言うから、旧世界の歌をAIに歌ってもらって、それを今の音源で録音すりゃ、本物を再現できるんじゃね?って研究に着手したんだ。

 <私たちは世界だ>って歌は、旧世界の性別も年齢も何もかも異なる多くの歌手が集って歌ったもんでな。一節ごとに歌手が変わるとこがいいんだ。ボーディは暇つぶしのはずが夢中になってしまって、仕事しろと途中で制作停止にさせられたようだな。

 儂はここまでできたってのを聞いたんだが、AIが旧世界の歌手の声を解析再現してから、この世界の音源基準で歌ったっていう、無駄に手間かかっただけあって、すげぇいい出来だったぞ。局長引退したら続きに着手するとか言ってたが、どうなってるんだろうな」


「<菩提樹>を始めて、現局長が毎日通ってくるから、やる暇がないと思う。……オレはそろそろ帰る」


「唐突だな。泊って行けばいいものを」


「新婚家庭だと思い出せ。弟はともかく、オレはいたたまれない」


「いえ、弟でもいたたまれないです。ユレスが帰るなら送って行って、私も帰ります」


「送る必要ない」


「あなたが落とし穴に落ちたら困りますので」


 こいつ。アレクに色々話さなければよかった。落とし穴と聞いて博士は納得したようだが、オレはそんなうっかりしていないし、もう子どもでもない。


「オレは<菩提樹>に寄って帰るからいい。ボーディにも報告しておかないと」


「……アリス・ノートの件ですか」


「そうだ。<菩提樹>には旧世界管理局職員以外は招待状が無いと入れないし、オレだけでいい」


「んじゃ、ついでにお使い頼む。<私たちは世界だ>は完成したのか聞いてきてくれ」


「分かった。代わりに博士とアリアに子守歌の選曲は任せた」


 どうしても転送装置まで送るとアレクがついてきたが、二階から一階の転送装置の部屋に行くまでの間に、落し穴が発生するとでも言うのだろうか。単にいちゃつきはじめた夫婦の空間から撤退するための口実かもしれないが。


 それとも、遺物資料館にそんなに興味があったのだろうか。予定を聞かれたが、案内するのは構わないが、現状だと悩む。


「アレクが遺物資料館に行くと、また何か勘繰られるかもしれない。アレク捜査官があの地区に行ったことが暴走する馬鹿に伝わったから爆破事件が起こったのだろうし、あの地区には蛇の見張り要員がいるのかも」


「そう、でしたね。……本当に邪魔ばかり入りますね」


「旧世界管理局の受付館にも資料館的なものがあるが、そっちは見たか?常時公開ではなくて、閲覧申請があって職員が案内するものだが」


「いえ、見ていませんが、あなたが案内してくれますか?」


「別にオレでなくてもいいと思うが、捜査官的資料にしたいなら、オレが解説した方がいいかもな。姉御でもいいんだが」


「局長は保管倉庫の爆破事故について、クレア捜査官に協力を依頼するつもりです。爆発物はあなたよりクレア捜査官の方が詳しいですよね?」


「了解、資料館は暇なオレが案内する」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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