21 未分化型の理由
監視猫は撫でてやったら丸まったが、子守猫は不機嫌にふしゃーとしたままだ。立体映像を撫でるようしてみても、警告するようにオレにふしゃーとし続けている。
「ワトスンは、ユレスを守ろうと必死なのですね」
ふしゃーとしていた子守猫の立体映像がそれを聞いて、座り直してにゃあと鳴いた。
「……アレクは気まぐれ猫の扱いが上手いな。祖父さんみたいだ」
「あなたの祖父は、治療局の特別療養所にいるとお聞きしましたが、アリス事件の時にボーディ前局長と一緒にあなたを保護したということは、そのときはお元気だったのですね?」
「そうだな。オレが昏睡から目覚める前に、祖父さんは精神に異常をきたして特別療養所に入った。……祖父さんの話は長くなるからしたくない。アリス事件の質問があるなら、一つくらいは答える。さすがにもう、疲れた」
「では……あなたが未分化型のままなのは、12歳のときにアリス事件に巻き込まれて6年間も昏睡していたことが原因だと思いますが、他にも何か事情がありますか?」
複雑な聞き方をされたが、紳士的配慮か?よく分からないが別に隠してないので答えた。
「目覚めたらもう18歳だと言われ、体はそれなりには成長していたが、6年分の精神的な変化も経験も皆無だから、当然未分化型のままだった。だが、オレは性分化以前に、何故6年間も昏睡していたのかの問題に取り組むのが最優先だった。
オレは旧世界管理局の治療室にいたが、外傷は完全に治っているし、精神波長にも問題がないのに、何故か目覚めない状態だった。だから、何らかの遺物の作用でそうなった可能性も含めて、治療室で色々研究していた。アリス事件は<知識の蛇>が関与していた可能性が高いから、怪しい薬にしろ危険な遺物にしろ、昏睡の原因となりそうなものはいくらでも考えられる。
旧世界管理局にも治療官がいる。相棒が旧世界では医療系AI、今の世界だと治療局系の知識と技能を持っているAIの場合、治療官資格を取得することが多い。旧世界管理局職員は、精神波長が旧世界のAIに適合するくらいには特殊だから、治療局の治療官では対応できないこともあるからだ。
オレは昏睡から目覚めた後、旧世界管理局の治療官に定期的に診断を受けているが、昏睡していた原因は分かっていない。オレ個人の身体的問題で昏睡したのかもしれないから、性分化より昏睡の原因調査が優先された。性分化の心配する以前に、再び昏睡することを心配すべきというのが治療官の意見だ」
「それは……確かに、再び昏睡される方が困りますね」
昏睡から目覚めた後はしばらく治療室にいたが、まずは昏睡していないことの確認から始まるし、ローゼスや姉御が頻繁にオレの様子を見に来るのは、突然昏睡していないかの確認も込みだと思う。
「アリス事件絡みで言えば、地下に落ちた後の話を聞いたボーディとベルタ局長が、オレにありったけ詰め込み教育をしてきたから、忙しかった。アリス事件には<知識の蛇>が関わっていそうだし、オレが地下で見たものが夢でないなら、<天使>関連の知識は必須だ。オレの祖父さんが精神やられたのは、<知識の蛇>とやりあって何かあったからでないかと推測されていたから、なおさらだ」
「あなたの事情と状況からして、知らないのも危険だと思いますが、未成年の頃から、<知識の蛇>についての詰め込み教育はどうなのかと思います」
紳士としては見過ごせないのだろうか。ジェフ博士も<知識の蛇>のことをよく知っているので、オレにときどき教育をしてきたが、<色欲>をはじめとする性関係のことは断固として言わなかった。
そっちは警備局長担当だ。ばばあは、奥手でへたれのじじいだから仕方ないさ、配慮しておやりと言っていたが。
「詰め込み教育されたのは<知識の蛇>関係だけではない。6年眠っていたから、成人までに受けるべき教育を半分の時間で習得するしかなかった。アリス事件が理解不能だったから、オレは捜査官資格をとるための勉強もはじめた。それから、祖父さんが特別療養所に入ったので、オレはジェフ博士の屋敷に引き取られたが、博士がオレに遺物と旧世界時計の知識と修理技術を仕込んで来た。
予定が詰まりすぎていたから、同年と交流している余裕は一切なく、オレは特に性分化するきっかけも経験もないまま成人したわけだ」
「その状況に、誰か意見すべきだったと思います」
「人権倫理委員会からは意見があったが、オレには特殊な個人的事情が多すぎたし、事件の傷を癒すために教育を受けることに専念しているのだと思われて、まずは心の傷を癒すことを優先していいと言って、世界管理局とか治療局の干渉を断固として排除してくれたんだ」
オレの人権倫理委員会に対する信頼度が高い理由であり、好感度も高い理由でもある。
「……アリス事件の被害者ですし、当然の人道的判断だとは思います。やはり、心の傷になっていますか」
「心の傷以前に、訳が分からな過ぎて怖いと思っている。だから、捜査官資格を取得しても、アリス事件に向き合わないままでいた。いつまでもその状態でいられるわけはないから、アーデルとアレク班長との会合はいい転機だったかもな。アリス事件に向き合って、捜査して事件を解決する覚悟を決めるきっかけになった」
「性分化するきっかけにもなってくれるといいのですが」
「アーデルと線引きしたくらいで、きっかけになるとは思えないが。取りあえず、警備局と旧世界管理局の関係改善のきっかけにはなったとは思う。リマとミヤリは元から仲がいいし、今後も仲良くやっていけそうだし、新人に頑張って貰えばいい。オレは見た目は新人に間違えられるが、警備局の特別隔離房に二回も入っているし、警備局によく不審尋問のようなことをされるし、転送装置に拉致されても見過ごされるし」
「待ってください、不審尋問とはどういうことですか?」
「巡回中の警備局に声かけられて、家はどこだとか、暗時間になるのにこういう場所にいてはいけないとか、同行するとか言われて連れて行かれそうになることだが」
「それは不審尋問ではなく、未成年者保護のための活動です。あなたの見た目はどう頑張っても成人ぎりぎりにしか見えませんから。もしかして、その見た目が気に入っていますか?個人の自己表現の範疇になるかもしれませんが……」
ローゼスが特殊な自己表現をするせいで、一緒にいるオレもそういう類のものかと思われることがあるが、誤解だ。だが、めんどうなので、そういうことにして流してしまうこともある。
アレク捜査官は真面目に悩んでいるようなので、言っておくことにした。
「自己表現では無いが、成人した姿になりたくないとは思っている。特別療養所にいる祖父さんは、精神機能の回復の見込みはあるが、きっかけになるとしたら、身内だろうと言われている。
祖父さんの唯一の身内のオレは昏睡状態だったが、オレが目覚めた後で祖父さんに会いに行ったら、一応は反応を見せるようになった。だが、いまだに回復していない。
オレの性分化が始まって、祖父さんの知っているオレから遠くなったら、反応しなくなるかもしれないと思って避けている自覚はある。あと……」
「まだあるのですか」
「ワトスンは子守猫だから、オレが成人したら任務完了と判断するかもしれない。未分化型でいる限りはオレの相棒のままだろうが、性分化したらどうなるか分からない。
旧世界のAIは色々な性格付けがあって、男でないとマスター登録しないAIも存在するし、性別変更治療したら相棒に認識して貰えず、マスター登録解除されたという事例もある。
オレは、アリス事件の真相を知るまでは、ワトスンの相棒から降りたくなかった。オレが意識不明になった後、何があったのかを知っているのはワトスンくらいだし」
子守猫を見たら、つーんとした姿を取った後、腕輪に飛び込んで消えた。
「教えてくれるつもりは無さそうですね。拗ねたのかもしれませんよ?」
「拗ねた?気まぐれ猫だからそういうこともあるが、何に拗ねるんだ?」
「相棒のあなたが信じてくれなかったことにです。あなたが成人しようが、ワトスンはあなたを守るつもりではないですか?年齢基準では、あなたはすでに成人済みですよね」
「そう、なんだよな。AIの判定は厳密だし、年齢基準できっぱり切れてもおかしくないと推定されていたんだが……いまだに子守猫してるんだよな」
「あなたにはずっと必要だと思いますよ、子守でなくても、側にいてくれる人が。うっかり落とし穴に落ちる人なので」
「うっかりじゃないと言っただろ。今ならぎりぎり穴の縁にしがみついて、意地でも落ちないつもりだ」
「私が側にいたら落ちる前に助けてあげますよ。だから」
ノックの音がして、アリアがそろそろ食事しようと呼んだ。
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