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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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19 落ちた先

※残酷表現にご注意ください。


 アレク捜査官が、すかさず突っ込んで来た。


「あなたは、うっかり落ち過ぎです。誰かが側にいないと危ないですね」


「うっかりじゃなくてワトスンの仕業だと言っただろ!最優先任務中の子守猫は、施設破壊も辞さない構えだ。マスターさえ守れるなら、大胆に床を落すことも躊躇わない。

 オレも一緒に落ちたら怪我するはずだが、落ちたと認識してから何があったかもいまいち覚えていないが、気づいたときには旧世界の動物型人工物、AIの搭載された犬型人工物と言った方がいいが、その背中に乗っていた。三体いたが、破片まみれになってたのもいたから、オレが怪我しないよう庇ってくれたし、崩落の最中で保護してくれたのだと思う。

 上を見たら、結構地下深くまで落ちていた。どうやって戻ればいいのかと悩んでいるところに人が近づいて来たが、子守猫がふしゃーとして、犬型が追い払った。おそらく旧世界の人型人工物、セクサロイド型だったのだと思う」


 オレの話を聞きつつ、アレク捜査官が困惑した顔になっていき、セクサロイド型と聞いて険しい顔になった。


「待ってください、思った以上に危険な状況に落ちていませんか?特別教育舎の地下には、<知識の蛇>が研究拠点を置いていた可能性が高いです。誤作動した装置類が床を崩落させたせいで、建設情報にない地下施設が見つかりましたが、まさか、そこに落ちたのですか?」


「オレは、誤作動した装置類というのはワトスンの仕業だし、ワトスンは、地下の<知識の蛇>の研究拠点にいた犬型三体にオレの救助を頼んだのだと思っている。事件記録でそうなっていないのは知っているが」

 

 特別教育舎の中は、死体があちこちに転がり、戦闘で破壊された施設や物品の残骸も散らばり、各種装置類のほとんどが誤作動を起こして、施設の一部を崩壊させていた。

 昏睡したオレが発見された場所は、荷物搬送用の昇降装置の上である。昇降装置は誤作動を起こして地下から上がって来る途中で停止し、地上の荷物搬入口の扉は開け放たれてた。


 アリス事件の記録では、ユエは逃げる途中、隠れようとしたのか、転んだのか、開いたままの搬入口から落ちて頭を打って昏睡したとされている。

 地上近くで停止していた昇降装置の上に落ちたので大怪我はしなかったし、ちょうど体が隠れて見つからずに済んで生き延びたことになっていた。

 

「あなたに配慮して事件記録には登録しなかったのですか?」


「違う。昏睡から目覚めた後、オレの話を聞いたボーディは、そういう旧世界映画でも一緒に見たかと悩み始め、ばばあは頭打って昏睡したわけだし、混乱した夢を見ても仕方ないさと慰めてきた。

 荷物搬送用の昇降装置の上で意識不明のオレを保護したのはボーディと祖父さんだし、ばばあもそれを確認しているから、その事実は揺るがない。

 それに、地下に落ちてから何があったかというオレの記憶が荒唐無稽というか、頭打ってそういう夢でも見たと言われたら納得してしまいそうなものだったから、オレ自身ですら自信がない。だから、ここから先はオレが見た夢かもしれないと思って聞いてくれ」


 ふしゃーとしている子守猫が、だんだん毛玉のようになってきた。特別教育舎の地下の話になると、こうなる。

 そして、ワトスンがこういう反応をするので、オレもボーディも警備局長も、単なるオレの夢と結論づけることはできなかった。


 単なる夢なら、子守猫が警戒することはない。毛玉になるということは、それだけ危険だったということだ。


「犬型人工物がセクサロイド型を追い払った後、オレは旧世界管理局に通信しようとしたが無理だった。特別教育舎は元から通信制限されていたし、落ちた先が蛇の拠点なら、妨害装置もあったんだろうな。

 仕方ないから移動しようと思って立ち上ったら、オレを保護していた犬型三体が、警戒して唸り始めた。そこに来たのは……アリスだった。しかも、二人」


「二人?……それは、確かに、悩ましいというか、頭を打って夢を見たとも考えたくなりますね」


「地下には妨害装置があったせいか、ワトスンが他の機能を酷使していたせいか、地下に落ちて以降は、ワトスンが取得していた情報はほとんどない。オレの目撃証言しかないから、なおさらだ。

 アリスは二人同時に来たわけではなく、最初に来たアリスは、白うさぎを見つけた、白うさぎを殺せと何度も繰り返していた。無表情で、いつものアリスと違い過ぎて、アリスの顔をしているだけの人ではないものだと思った。アリスがそういうことを言うと認めたくなかっただけかもしれないけどな。

 落ちる前に恐怖映画のような状況を見てしまったこともあって、悪夢を見ているようだと茫然としていたら、その場にアリスがもう一人駈け込んで来たから幻覚かと思ったぞ。

 遅れて来た方はいつものアリスで、ものすごく焦って怒っていて、とても人らしかった。オレを庇って、こんなものが天使だなんて嘘よ。天使は世界を平和になんてしない、人を壊すだけだわ!絶対に天使に手を出したら駄目、ノートに書いてしまったけど、天使は駄目よ!と叫んだ」


 子守猫が威嚇するように牙を剥いたから、触れないと分かっていても立体映像の黒い子猫を撫でてみたが、それで宥められるものでもない。

 アレクは難しい顔で考えていたが、子守猫の様子を見て困った顔で言った。


「ワトスンがずっと警戒して威嚇していますね」


「これくらいならまだぎりぎりいける。オレを庇ったアリスはティアラみたいなものを被って、人工物っぽいアリスは喉元を押えた。それで、ワトスンが思いっきりふしゃーとして……わかった、ここまでにする。オレはそこで意識が落ちて、意識が戻ったときには6年後だったから、大して語れる話はないし」


 子守猫が毛玉と言いたくなるくらいに毛を膨らませて表現して来たのでやめた。これ以上続けると実力行使してくる。

 監視猫は毛を逆立ててはいないが、落ち着きなくうろうろして、にゃあにゃあ鳴いているので、撫でておいた。


「……頭を打って、夢を見たとするには、色々と符合する話ですね」


「そうだな。オレの話を聞いたボーディは悩んだが、オレに<天使>について情報開示した。<天使の歌声>は本来は天使型人工物の声帯として組み込まれている。広範囲に駆動するときは、物理的なロックを解除する必要があるようで、喉元を触ったのはそのためかもしれない。

 つまり、二人のアリスのうち一人は、天使型人工物の可能性がある。アリスの顔をしていた理由は分からないが、<知識の蛇>ならアリスの顔そっくりの複製作ることも、それを天使型人工物の顔に張り付けることもしてしまうだろ。

 事件当時は天使のことも蛇のことも知らなかったオレが、妙に符合する話をしたから、警備局のばばあも夢だと断言しなかった。子守猫がこうやって警戒していたから、なおさらだ。

 だが、オレが、昇降装置の上で保護されたことも事実だし、事件から6年経っていて今さらだということもあって、事件記録の修正はしなかった。オレに対する配慮もあったんだろうけどな」


 特別教育舎の異変は、割と早い段階で伝わった。施設が封鎖され、内部と連絡が取れなかったからだ。

 警備局長はすぐに現場入りしたし、祖父さんとボーディも急行したが、蛇の妨害か、施設の誤作動の影響のせいか、緊急用の強制執行権を使っても施設の封鎖は解除できなかった。


 短気な警備局長が施設破壊を即断したのを施設管理責任者である世界管理局が止めて、治療局が中にいる子どもたちが危険に晒されるかもしれないので破壊行為は思いとどまるよう説得していたそうだが、結果論になるが、ばばあの女の勘か警備局長の慧眼のとおりに破壊行為に走っていれば、生存者はもう少し増えたかもしれない。


 オレがつけていた装飾品型の監視装置は、世界の基準振動にオレ固有の生体波長を乗せて発信するだけの仕様なので、通信制限や蛇の妨害装置に邪魔されることはない。

 発信を妨害できるものがないと言ってもいいくらいなので、監視機能が強すぎると敬遠されるものだが、施設封鎖されていてもオレの生存は確認できたので、関係者を少し安心させていた。


 だから、死亡者多数の事態とまでは想定していなかったようだ。

 封鎖されていた施設の中から、血まみれのアリスが出てくるまでは。


 さすがに警備局長も驚いたし、だから、アリスの自殺を止めるのも間に合わなかった。

 天才の名にふさわしい一分の隙もない自殺だったとか変な感想を述べていたが、蘇生も無理と即座に判断してアリスは治療局に任せて、警備局長は特別教育舎内部に突入した。


 内部は、長きに渡る警備局経験においても一番の大惨事だったので、即座に警備局に緊急動員をかけて、一緒に突入してオレを探しに走った祖父さんたちを追った。

 オレが生存しているなら、オレから事情を聞けばいいという警備局長的判断もあったが、一応心配してくれたのは分かっている。残念ながら、オレは昏睡していたので役に立たなかったが。


 オレのところに至るまでに、旧世界の犬型人工物があちこちにいるのも発見して、ボーディは旧世界管理局にも動員をかけた。

 大破したセクサロイド型の断片を見つけたのは姉御である。駄目な性癖だが、さすがだ。


「オレが保護された後のことは、事件記録の通りだ。昏睡していたオレに語れることは無い。

 意見くらいは言っておくが、当時の治療局長は<知識の蛇>と通じていたと思う。特別教育舎で行われていた特別な教育は、どことなく蛇の理念が根底にあるものが多かったし、薬の投与は蛇の人体実験の印象が強い。

 ただ、アリス事件は、双方ともに想定外だったはずだ。どちらにも殺戮する理由がないし、失うものしかない」


「そうですね。だから、特別教育舎の責任者たちは、責任を追及されつつも、故意にその事態を招いたわけではないと認められて、解任は免れました。治療局長はあなたが目覚めるまで、都合の悪いことは何一つ口にせず、局長の座に居座りました。生き残った警備局の捜査官、アーデルの父親が偽証して協力したおかげでもありますが」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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