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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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17 天才になれる薬

※残酷表現にご注意ください。


 アレクがアリス事件についてまとめたノートは、簡潔にまとまっているし読みやすかった。文字も癖が無くて読みやすい。


 ただ、何故かアリスの字と似たような印象を受けた。アリス・ノートを見た印象が強かったせいだろうか。

 そう言えば、アリス・ノートの原本が焼失したということは、アリスの字も燃えつきたのか。そう考えると、少しだけ、惜しいと思った。


 アレクにノートを返して言った。


「よくまとまっているし、オレが説明するより質問してくれてもいいぞ」


「局長から、現場にいたあなたですら、何があったのかよくわかっていないと伺いました。それが、精神的に重荷になっていることも。あなたに酷な質問をしたくありませんので、ユレスが話してもいいと思うことがあれば話してほしいです。

 アリス・ノートの保管倉庫では、特別教育舎に行ったあなたとアリスはとても仲が良かったという話で終わっていましたよね?」


「……どうなんだろうな。このノートをまとめるために、事件の資料は全部読んだんだろ?だったら、オレとアリスは一体どういう関係なのかと混乱するのは分かる。オレもよく分かっていないのは事実だが、流れに沿って話してみようと思う。ワトスン」


 呼んだら腕輪から相棒の子守猫が出てきたが、不満を表すようにふしゃーとしていた。


「オレがアリス事件の話をしようとすると、こういう態度になるんだ。子守猫にとっては許しがたい事件なのは間違いない。ときに周囲のAIに訴えて話をやめさせようとするから、このまま出しておく。ワトスンの反応によっては、そこで話が終わっても許してくれ」


「それは仕方ありませんし、子守猫の職分を尊重します。ワトスンはあなたを守ったのですね?」


「それが子守猫の最優先任務だ。事件当日、その日はどうしても全員参加するよう特別教育舎から通知があって、迎えに警備局の職員まで寄越された。

 オレは不真面目な子どもで、ときどき特別教育舎に行くのをさぼっていたとはいえ、やり過ぎだ。だが一応の配慮はあったのか、旧世界管理局にときどき捜査協力依頼をしてくる馴染みの捜査官が寄越された。ボーディも仕方なくオレを引き渡すしかなかった」


 捜査官と聞いて、アレクが何か問いたげにオレを見たが、その件も後でまとめて話すつもりはある。後でと合図して先を進めた。


「特別教育舎の子どもたち、と言っても、下は7歳から上は23歳くらいまでの結構幅広い年齢層だった。オレたちは、ホールと呼ばれていた大きい部屋に集められて、治療局長が挨拶した。

 治療局で開発した素晴らしい薬ができたから、皆さんに優先的に使って貰おうと思う。アリスのような天才になれるぞ、と煽って、後は職員の言うことをよく聞いて世界のために貢献するようにと言いたいことだけ言って帰って行った。

 アリスのようになれるとか、薬を使えば天才になれるとか、オレはぞっとしたし、これは人体実験だと思ったが、ほとんどの子どもは喜んで受け入れた。

 成人が近い連中は一応考えることは考えたようだが、アリスのようになりたいという欲求が疑いを上回ったんだと思う。それだけ、アリスは皆の憧れだったし、その天才ぶりは隔絶していたから、その差が埋められるならと天才になれる薬とやらに手を伸ばしたのかもな。

 それは、旧世界では楽園崩壊を招いた禁忌の果実のようなものだったかもしれないが」


 子守猫は不満そうに牙を剥いているが、取りあえず邪魔する気はないらしい。なので、話を続けた。


「血液に投与するのが一番効果があると言って、職員が子どもたちに投与し始めたが、オレは断固拒否だ。世界管理機構に正式に承認されている薬ではないようだったし、開発中の新薬だとしても、子ども相手であれ、成分と安全性の説明もなく、さらには同意も取らずに投与するのは異常すぎる。旧世界の治験でももう少しましなことをしていたのに、治療局としてありえないくらいの暴挙だった」


 旧世界の治験的なものも結構ぎりぎりだったようではあるが。

 正当な報酬と障害が発生した場合の事後対応についてもしっかり同意した上で、新しい治療方法の確立のための人体を用いた実験に協力していたのが治験であるが、犯罪行為の責任回避手段に利用された可能性もあると旧世界事件記録が示している。


 旧世界で致死性が高い伝染病が発生した際に、新たな技術で作られた予防薬を投与すれば感染が防げると時事情報放送で大々的に放送された。


 伝染病が発生してから特効薬なり予防薬ができるまでには、効果だけでなく安全性の確認のための治験を行うため、一定の時間がかかって当然だ。

 その認識を旧世界人も当然持っていたはずだが、伝染病であることと、即座に対応せねば感染を食い止めることができないという発想で、治験も終わっていない予防薬の投与に踏み切った。


 その際に、治験の協力も込みで無償で投与する代わりに、死亡したり障害が発生しても受け入れることを同意させる書類を整えた。


 旧世界管理局の捜査官が旧世界事件記録を作成したのは、その伝染病の発生から予防薬の投与に至るまでが、旧世界の凶悪な大量殺人事件かもしれないと推測したからだ。


 まず、伝染病の致死率は広報されたものよりも各段に低く、煽っただけの可能性が高い。

 加えて、新たな予防薬が出て来るのが、あまりにも早すぎた。


 まるで、伝染病と同時に用意されていたかのような素晴らしいタイミングであり、伝染病をあえてばら撒いたか、新たな伝染病と予防薬を共に開発した可能性もある。


 旧世界の時事情報放送で繰り返し伝染病のことが放送されて、恐怖にかられた旧世界人は予防薬に飛びついて投与を受けたが、その直後から長きに渡って世界全体の傷病発生率と死亡率が劇的に上がった。


 投与を受けた者や死亡者の遺族から疑義の声が上がっても、治験として同意したわけだから障害が発生しても死亡しても自己責任とされた。


 人々は同意の書類を提出することで予防薬を無償で投与されたが、予防薬を提供した事業体は行政機関から多額の報酬を得ていた。


 旧世界管理局の捜査官が推測するところによれば、その報酬を得ることを目的として、事業体及び利得を得ることができる関係者が共謀して、伝染病の症状を声高に宣伝して大量の予防薬を投与させ、不備のある予防薬のせいで多くの死と障害をばらまいた、凶悪な大量殺戮事件である。


 捜査官は、本当に伝染病を食い止めるための画期的な手法であって、自分の推測が間違っている方が救いがあるのだがと事件記録を締めくくっていた。

 旧世界には滅びるべくして滅びるしかなかったと実感させてくれる事例が数多くあるが、そのうちの一つである可能性の方が高いのは言うまでもなく、オレもやるせない気分になった。


 アリス事件の参考になるかもしれないと思って参照した旧世界の事件記録だったが、読むだけで気が滅入った。


 アリス事件が起こった当時はオレは12歳で、旧世界事件記録を読む権限も無かったが、臨時とはいえ職員として旧世界の知識を教育されていたので、旧世界の悪質さをある程度知っていた。


 あの日、治療局の強引な態度に反発したのも、旧世界の人体実験にも似た悪質さを感じ取っていたからかもしれない。


「オレが同意も無く人体実験を強制する権限は治療局にないと主張したら、オレに同意するのも少数だが、いた。素直に治療局職員に従っているのが大半だったが、職員はオレたちを別室に隔離した。

 他の子どもが動揺して投与を拒むのを回避したかったのだろうし、オレたちを説得しようとしたのかもしれない。だが、オレの質問にろくに答えないし、素晴らしいものだから、受けないといけないと繰り返すだけだ。

 投与を受けないと特別教育舎に来られなくなると言われて、オレは是非そうしてほしいと飛びついたくらいだが、怒らせたらしく、そのまま部屋に閉じ込められた」


「その時点で事件ですし、治療局長以下、治療局職員も捕縛対象になると思いますが、挨拶の後すぐに特別教育舎を出た治療局長以外は全滅していたので、6年も隠蔽が成立してしまったのですね」


「らしいな。あの職員は子どもにちょっとしたお仕置きをしたくらいの感覚で、どうとでも誤魔化せると思ったのかもしれない。見慣れない職員だったし、ボーディが人権問題で訴えると強く主張していたことを知らなかったのだと思う。もしかしたら、<知識の蛇>が送りこんで来た人員かもしれないが、詳細は不明だ。

 オレはすぐにホールから引き離されて隔離されたから、ホールで何があったのかもわからない。ただ、全員参加と言いつつ、ホールにアリスはいなかった。職員はアリスはすでに天才だから、天才の薬はいらないと説明していた。

 だが、アリスは施設内にはいたようだ。オレたちが部屋に閉じ込められてそんなにしないうちに、施設全体にアリスの声で放送があった。白うさぎを見つけろ、白うさぎを連れて来い、白うさぎを追いかけろ、白うさぎを殺せと」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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