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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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16 アリス事件

※残酷表現にご注意ください。


 アレクは世界管理局の倉庫の事故の巻き添えで、保管倉庫ごとアリス・ノートを失った。

 だが、アリス・ノートの原本が焼失しただけのことで、アリス・ノートの所有権自体は消滅していないと解釈すれば、楽曲のように、複製を入手できる可能性はありそうだ。


「アリス・ノートの原本を燃やされても、芸術品ではなく情報が記されたノートを失っただけだ。不審者が楽曲の複製があるという話をしていたが、閲覧申請をしてきた各研究者の手元に、アリス・ノートの複製があってもおかしくないよな?」


「はい。今までアリス・ノートの閲覧申請をしてきた人のリストは当然ありますし、世界管理機構が複製を作っていてもおかしくないと思います。原本を失っても中身の情報が復元可能であれば、何のために爆破までして消したのか疑問ですね。一応、複製の方もすべて消す可能性もあると想定して、局長が指示を出しましたが」


「アリス・ノートの原本自体に文章解読の手がかりが残されている可能性はあるが、すでに調査したり、思いつく限りの手法を試しているだろうし、どうしてもあの原本でなければならない理由って、そんなに思いつかないな」


「そうですか?私は、あなたに渡されるのであれば、あの原本でなければならなかったと思います。あれは、あなたへの贈物です。どういう思惑があれ、無関係な他人が勝手な理由で燃やしていいものではありません」


 もしかして、怒っているのか?

 割と雰囲気が怖いが、そう言えば、オレへの正当な取引報酬としてアレクが用意したものでもあるので、思うところがあってもおかしくないか。


「倉庫でも言ったが、オレは一度は受け取ることが必要だったが、もう受けとった。それでいいんだ。アリスからの贈り物も、アレクからの正当な取引報酬も、オレは確かに受け取った。

 ただ、警備局長がアリス・ノートの複製を入手して捜査するつもりなら、オレは個人的に協力する義務的なものはある。アリス・ノートには、特級危険物、<天使>関係の情報が記されているかもしれないので、警備局長もオレも放置はできない。

 ……アリス事件について、オレの知っていることを話す」


「いいのですか?」


 アレク捜査官はオレを尋問してもいいくらいに事態に巻き添えにされているが、あくまでもその態度を貫くのは紳士的美学なのだろうか。

 少し整理する時間が欲しくて言った。


「話すつもりはあるが、その前に着替えていいか?オレはこの姿で事情聴取受けに行かなくていいんだよな?変装終わりにする」


「……別に、このまま話してもいいと思うのですが」


「いい加減、猫を出したいんだよ。ときどき動くからくすぐったい」


「え、あの、すみません。見ていたわけではないですが、ずっと大人しくしているというか、動いてるように見えないので、あまりそう感じていませんでしたが、そうですよね、動きますよね」


 何故動揺しているのか分からんが、慌てて出て行ったので、さっさと猫を出して着替えた。


 扉を開けたら廊下で待っていたので、部屋に招き入れようとしたら、アレクの部屋でと言われた。

 別にどっちでもいいんだが、アレクの部屋に入ったら扉を閉められたあたり、区分がさっぱり分からない。だが、今はそれより優先事項があるので流した。


 アレクの部屋でと言われたのは、アリス事件関係についてアレク捜査官が独自にまとめたノートがあったからだ。部屋に入ってすぐに見せられたが、なかなかよくまとまっている。



 アリス事件とは、30年前に起こった凶悪事件である。


 世界管理局と治療局が合同で設置した特別教育舎で、事件は発生した。特別教育舎とは、特別な才能を持つ子どもたちを集めて知識と技能を伸ばし、人の進化を促すための特別な教育を試みた施設である。


 事件の全容はいまだ解明されていないが、社会に衝撃を与えた凄惨な結末は分かっている。

 特別教育舎の異変に気づいて駆けつけた人々の前に、封鎖されていた施設の扉を開けて、天才少女アリスが現れた。返り血を浴びた凄惨な姿で、血に染まった刃物をしっかりと持ったままで。そして、絶句する人々の前で、微笑んで自殺した。


 施設内部も凄惨な状況だった。随所に戦闘の痕跡があり、各種設備は誤作動を起こして、施設の各所を破壊していた。

 そして、施設内にいた職員や子どもたちは、ほぼ全員が殺されていた。


 一部重傷者や意識不明の生存者がいたが、精神錯乱状態であったり、事件の衝撃で精神障害や記憶障害が発生していて、得られた証言は少ない。

 特別教育舎は、集中できる教育環境を維持するために通信室以外では通信が制限されていた。事件中は装置類が誤作動していたこともあって、特別教育舎内部と連絡が取れず、情報を得られなかったことから、事態の解明は困難を極めた。


 ただし、アリスに殺意があったこと、アリスが所持していた刃物が被害者たちに致命傷を負わせた凶器であることは確定し、天才少女による凶悪な殺戮事件であると結論づけられた。


 アリス事件は、社会に与える衝撃と影響が大きすぎると判断されて、事件の情報は制限され、天才少女アリスによって特別教育舎にいた多くの人々が殺戮されたとだけ公表された。

 最低限の情報に絞っても、耳を疑うほどに凄惨な事件であることから、かなり長い間、人々の話題から消えることは無かった。


 ようやく社会が落ち着きを取り戻しつつあった事件から6年後、特別教育舎の数少ない生き残りの一人であるが昏睡していた子どもが意識を取り戻して、新たな証言が得られた。


 当時の治療局長が、治療局が開発した特別な薬を子どもたちに投与させたという証言であったが、治療局長はアリス事件の事情聴取の際には、そういう報告は一切していなかった。

 警備局の追及により、治療局長は黙っていたことを認めたが、天才になれる薬であり、世界と人の進化のために貢献したのだと主張した。


 だが、関係者の大半が死亡していることをいいことに、薬を投与した事実の隠蔽工作をしたのは明らかであり、薬剤の投与が凶悪な事件の原因となった可能性も十分に考えられた。

 同時に治療局による人体実験の疑いも浮上したが、治療局長は事情聴取を受け始めた翌日に自殺した。


 その後任が今の治療局長であることを考えると、<知識の蛇>が口封じしたか、邪魔者を排除した可能性も高い。


 特別教育舎の地下には、正式に登録された施設情報に無い研究施設が存在し、地下全体が特殊な障壁によって隔離され、探査や通信を妨害する環境だった。

 <知識の蛇>が開発した妨害装置によるものであり、他にも蛇に特有の装置類が残されていたことから、<知識の蛇>が拠点にしていたと推測されている。


 事件直後の施設内の捜索でも、旧世界の犬型人工物6体と、大破した人型人工物が発見された。どれも旧世界管理局の管理下にあるものでなく、<知識の蛇>が所有していたものと推定された。


 治療局長は生存者の一部に偽証を強要していたことも判明した。

 警備局の捜査官もその一人であり、特別教育舎の異変に気づいて突入した後、子どもたちを10数名殺していたことも明らかになり、当人も認めた上で自殺した。


 生存者が少ない上に、事件を知る関係者も次々に自殺したために、アリス事件には不明部分が多い。


 治療局長と警備局の捜査官の件を公表すると、凄惨な事件の記憶を蘇らせて、社会に動揺と重大な影響を与えると判断されて、公表は差し控えられた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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