14 火柱
割と近く、おそらくは保管倉庫区画で、火柱が上がったのが見えた。
話の流れからして、危険な犯罪者とか暴走する馬鹿の仕業なのだろうが、強硬手段にも程がある。
「……なるほど、あれに巻き込まれないよう足止めですか」
「英雄さんだけなら放置したんだけどな。アリス・ノートの楽曲部分なら、写しに行かなくても複製した情報があちこちにあるから、それを入手できると思うぜ。俺も歌姫マリア・ディーバのファンだから、いい曲作ってほしいと思ってる。じゃあ、俺はそろそろ行くが、警備局職員としての仕事を思い出してくれるなよ?」
「突然、見知らぬ不審人物に話しかけられましたが、勤務中ではありませんし、連れの身の安全が優先です。気になることを言っていたことだけは局長に報告します」
「俺がお嬢さんに危害を加えたくないと言っていたことは、しっかり報告してくれよ?じゃあな、お二人さん。英雄さんはともかく、お嬢さんとはまた会おう」
「二度とお会いしたくないので、お断りします。私がいないときに、小さなレディは出歩いたりしませんよ」
アリアとアレクがオレを女装させる主犯なんだから、当然そうなるだろうな。
仮面のない不審者が手を振って去っていく姿を見送って、アレクは何事もなかったように転送装置のある区画管理事務所に入った。
火柱はすぐに消えたが、現場に急行した方がいいのではなかろうか。
だが、役柄の設定上、小さなレディを放置して現場に行けるわけもないので、取りあえず博士の屋敷に戻ったのは正解だと思う。
博士の屋敷の二階住居部分に移動しつつ、アレクが低い声でぼそっと言った。
「奴は早急に始末したいです」
「……割と意気投合していなかったか?」
「互いに相手を始末しておきたい一点に置いて、意気投合していました。ただ、お互いにあなたの前ではやりたくなかったので、平和的に別れただけです。ところで、あなたが話してくれるのを待つつもりでいましたが、聞きたいことがあるのですが」
「答えられることには答えてもいいが……アレク捜査官はすぐに呼び出されると思う」
居間にいた博士夫婦にお使いの菓子を渡したところで、緊急の時事情報放送が流れて、アレクは呼び出されて、現場に急行して行った。
博士夫婦にはアレクが簡潔に説明したので、オレは大して説明することがない。状況が判明するまでは、いらんことを話して回らないよう遺物資料館の副館長に口止めするくらいか。
ジェフ博士も元助手である副館長が噂好きなのを知っているので、すぐに連絡してくれた。あとは警備局というかアレク捜査官と、上手くつじつまあわせをしてくれるといいのだが。
仮面のない不審者は、オレたちがまだアリス・ノートを見ていないと誤解してくれたようだし、そういうことにしておいた方が、これ以上、馬鹿が暴走するのを防げそうな気がする。
博士とアリアにも、まだ楽譜を入手していなかったように振る舞うために、後日、世界管理機構に楽曲の複製情報を依頼するようお願いした。
アリアは複製情報を保有していそうなところにいくつか心当たりがあったらしく、自分の部屋に資料を探しに行った。
「上手く隠せるなら、アリス・ノートはまだ見ていなかったことにしておく方が安全だな。儂がお使いさせて良かったな。
地下通路抜けて倉庫区画に行ったってなら、通常入口を見張っていても入ったのが把握できんし、どこの倉庫に誰が出入りして何を運び込んだかも区画外からは確認できん。
各倉庫の所有者が出入りしたり搬入するときもな、周囲に近づいて来る人がいたら警告が入るぞ。何がどこにあるとばれたら、馬鹿なこと考えるのもいるし、出入りのときに狙う馬鹿も出てくるから、そういう考えを起こさせないよう対策しておいた方が賢明なんだよ。
儂もあそこに倉庫を持ってるが、扱うのが遺物なだけに周囲に十分注意して行動しとる。アレクも注意深いから、お前らが出入りしたのを知ってるのは、副館長くらいと思ってもいいかもしれん」
「意外に厳重なんだな。オレは腕輪の認証も無しに抜けてしまったから、警備体制は大丈夫なのかと思っていたが」
「そりゃお前、世界管理局の遺物資料館の副館長が警備局捜査課の捜査官連れて行くんだぞ。同行者の身元確認なんて当たり前に終わってて当然だ。身元証明がわりに儂の遺物持たせたようなもんだし、儂の身内として配慮するだろ」
「意外に考えていたのか?」
「いんや、送り出したときは全然考えとらんかったから、儂も上手いこといったものだと感心しとる」
「ジェフ博士は強運だし、祖父さんもオレも何度も助けられているから、素直に感謝しておく」
「親友の孫だし、当然のこった。事件となったら、儂もユレスに助けを求めるしかないからお互いさまだ。ユーリの奴がさっさと回復すりゃいいんだが」
「そろそろ思い切った方法も必要だと思う。具体的に何をどうすればいいのかわからないが」
「ま、あんま思いつめんな。お、速報だ」
ちょうどアリアも戻って来たし、祖父さんの話は切り上げた。妊婦の前であんまり暗い話はしたくない。
保管倉庫地区で火の手が上がったという時事情報放送も妊婦向きとは言えないが、現場に弟のアレク捜査官が向かった以上、気にするなと言えるわけもない。
消火は完了して人に被害はないが、倉庫の一部に甚大な被害という情報であったが、オレは冷静に聞けた。
オレはアリスからの贈り物を受け取ったし、アリス・ノートが燃えつきたとしても、それはそれでいいと思っている。
あれが天才の残した重要な研究であろうが無かろうが、アリスはもういないし、アリスの残したものを解読するよりは、アリスを超えることを目指して研究する方がよほど人と世界の進化に貢献すると思う。
アリス・ノートを解読できたとしても、それはアリスの残滓であり亡霊のようなもので、アリスではないのだから。
博士とアリアがオレを気遣う目で見ているので、話題を変えることにした。
「そう言えば、時事情報放送の画面を変えたんだな」
「おう、アリアが収納式がいいって言うからな」
「だって、ジェフにあんな話を聞いたら、怖くなってしまって。時事情報放送もあまり見ないようにしていますわ。ユレスも時事情報放送をあまり見ないと聞きましたけど、やっぱりジェフから怖い話を聞かされたから?」
「ユレスは旧世界管理局職員だから、怖がりもせんぞ。ほら、旧世界にも時事情報放送みたいのがあったが、洗脳にも使っていたって話だよ。世界管理局の見合い企画の宣伝が時事情報放送でしつこく流れてたから、つい洗脳かよと言ってしまってな」
「それは博士の配慮が足りないだろ」
旧世界にも時事情報放送のようなものがあって、多種多様な映像作品と共に、様々な物品やサービスの宣伝のための映像も放送していた。
今の世界の時事情報放送は、事件や事故の情報や、世界管理機構の各種お知らせと企画やイベントのご案内が主で内容がかなり絞られている。
旧世界の過ちを繰り返さないためにだ。
旧世界では物品の宣伝情報をしつこく繰り返すことで意識に刷り込んで、多くの人がそれを求めて対価を差し出すように仕向けたようだ。
人々に知らせる情報も何度もしつこく繰り返すことで、事実とは違うことを事実だと誤認させたり、真実とは全く異なることを真実であるかのように広く広めた事例もある。
旧世界人は、時事情報放送で広く伝えられていることは、基本的に真実であると信じ込んでそのまま受け入れる人が大多数だったらしく、歪んだ思想や偽りの事実、何の根拠もない情報を、それが正しいと信じ込ませる洗脳のための道具として使われたこともあるようだ。
旧世界管理局の捜査官が旧世界の事件について作成した報告書では、旧世界の時事情報放送が、誤情報を流したり洗脳するのに効果的に使われたとする記述がよく見られる。
旧世界人の中にも時事情報放送の洗脳行為に気づいていた人もいたようで、旧世界の時事情報放送の虚偽について警告したり告発している資料が遺物としても見つかっている。
その資料によれば、洗脳が進んだ人は、旧世界の時事情報放送を放送する専用の装置の画面を相手に頷いたり返事をすることもあったし、隣にいる生きた人と会話することなく、時事情報放送の言うことばかり聞いていたようだ。
今の世界であれば、即座に治療局に連れて行って、精神異常について相談する案件だな。
オレの祖父さんも精神異常の治療のために特別療養所にいるが、祖父さんが時事情報放送の画面に向かって頷いたり話し始めたら、精神崩壊として諦める判断基準になるかもしれない。
アリアには旧世界では洗脳の道具として使われたこともあったかもしれないが、この世界の時事情報放送は旧世界の過ちが起こらないように厳しい基準で作られていることを説明した。
だが、ローゼスのように画面があったらつい時事情報放送を流してしまう人もいるので、気になるなら画面は壁に収納しておくのはありだと思う。アリアは妊婦だから、神経質になっているのかもしれないしな。
オレとしては、時事情報放送よりも、旧世界で各個人が持っていた小型の情報装置の方が怖いと思ったことがある。
旧世界の映像記録の中に、椅子に並んで腰かけているのに、隣の人や向かいに座っている人に一切目を向けず、手に持った個人用の小型情報装置をひたすら見つめているものがあった。
旧世界の小型情報装置も通信文のやりとりができたし、音声通信から映像通信まで、多くの通信機能が組み込まれていて大変便利だったようだが、常時大量の情報がやりとりされる情報装置から目を離すことができず、隣に家族や恋人がいてもひたすら情報装置でのやり取りに応じ続けていたらしい。
装置を介在することでしか交流ができなくなっていたのか、装置に注意を取られるあまりに、身近な人との交流をおろそかにしたのか、旧世界の人間関係が希薄になったり破綻して崩壊に至る要因であったと解釈されている。
この世界の腕輪の通信機能は旧世界の小型の情報装置の機能以上のものが組み込まれているが、通信機能に大幅に制限をかけて、直接人と会って話して交流することを強く推奨しているのは、旧世界のような状況になることを危惧したためだろう。
腕輪は基本的には通信文のやりとりだけで、音声による通信機能も封じられている。
直接対面しての会話が推奨されているからというだけでなく、腕輪を介して音声による通信をしている姿は、傍から見ると腕輪に向かって独り言を言っているようにしか見えないためだ。
精神錯乱状態と誤解されて治療局の診療所に連れて行かれた事例もあるようで、基本的に封じておく方がいいと人々の間で合意がなされた。
腕輪には高度な通信機能が組み込まれているのに、大半が封じられている状態であるが、職務上で必要な場合は、制限を解除してあらゆる通信機能を使用できるようになる。
警備局だとそういう機会は多いし、ヨーカーン大劇場占拠事件のときのアレク班長は、警備局長の許可の元、制限を解除して事態の解決に当たっていたし、オレも警備局長の協力者として腕輪の制限を解除して情報を送っていた。
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