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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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11 天才少女アリス


 本題に入る前に長話をしてしまったが、そろそろ、アリスにも向き合わねばならない。


「アリス事件は、オレが12歳のときに起こった。だが、そこに至る一連の流れの始まりは、その一年前、希代の天才少女アリスが17歳で世界にお披露目されたときだ。

 アリスは社交的で活発な美少女で、子どもにも成人にも男女のどちらにも好かれた。天才と呼ばれるだけの知識と才能がどの分野にもあった、出来過ぎなくらいの天才少女で、時事情報放送では毎日アリスの話題が取り上げられていたのだと思う」


「あなたは興味が無かったのでしょうけどね」


 その通りだが、何か言いたいことがありそうだな。


 デルシーの支配人とかローゼスが時事情報放送はもう少し確認しなさいと指導してくるが、見たところで、興味が無ければ記憶に残らないから意味がないと思うが。


 この話になるとお小言とお説教が増えるので、流して話を続けた。


「さすがに名前くらいは知っていた。旧世界管理局でも話題になったからだ。旧世界には映画だけでなく小説とか漫画といった多くの手法で物語を綴った作品があるが、特に親しまれて有名な作品の一つに、アリスという少女が不思議な国で冒険するというものがある。

 内容は想像力に富んでいて、少々問題表現があっても許容範囲内と判断されて、公開対象になった。子ども向け作品として、今の世界でも結構有名になっていると思うが、知っているか?」


「はい。読んだこともありますが、確か冒頭でアリスが穴に落ちましたね」


「変なところだけ思い出すな。オレが落ちたのは事故だ。それから待っていたのは黒猫ワトスンだから別の話だ。話が逸れるが、旧世界の有名な作品にワトスンという名前が出て来るものがある。犯罪が主題の小説だから非公開対象だが、旧世界管理局の捜査官は参考資料として一度は読むようにと申し送りがある名作だ。祖父さんの相棒のAIの名前もその作品から来てるから、オレが縁が深いのはそっちだな。警備局の捜査課なら、捜査資料として閲覧申請出して貰えば通ると思う」


「とても興味があるので、閲覧申請出しますね。アリスの物語は、変な話だと思った記憶があります。読んだ当時は幼な過ぎたのかもしれませんが、薬を飲んだら体が大きくなったり小さくなるとか、登場人物の会話も噛み合っていなかったので。ですが、猫が喋るのはいいですね」


「オレも猫がにゃあ以外を喋ってくれるのは、羨ましいと思った」


 ワトスンたちが揃ってにゃあと鳴いたが、断固としてにゃあ以外は喋らないという主張だろうか。

 監視猫がオレが楽譜を写す手を尻尾で邪魔し始めたので、少し手を止めて撫でた。


「<アリスの物語>は、旧世界人の想像力と発想力を示す作品と考えられている。だから、物語の中ではそういうものだと納得してしまえばいいと思うが、オレも薬を飲んだら体が大きくなるあたりのところには引っかかったな。怪しげな薬を飲んだら駄目だろ。

 当時の治療局は人の成長とか進化について熱心に研究活動していたが、より丈夫で進化した体を作るための食事とか、補助栄養薬の開発もしていて、安全性の確認試験が終わったからと子どもの食事に取り入れるよう押し付けがましい宣伝もしていたから、なおさらそう思ったのかもしれない。

 祖父さんはそういう不自然なやり方を嫌った。旧世界では、子どもを管理して育てて教育した挙句、似かよった規格品にして、人を道具のように使おうとした犯罪的事例もあったらしい。

 世界管理局と治療局が共同で、成長期から特別な教育と食事を提供することでより優秀な成人に育てる計画を実行していたが、祖父さんは旧世界のやり方に似ているのが気に喰わなくて、オレを旅行に連れ回して回避していた」


 アリアはオレと同じ年だし、アリアとアレクの姉弟は優秀なので、実はその計画の対象者かもしれないと思ったが、個人的事情だから聞きづらい。だが察しのいい捜査官は、オレがしなかった質問を汲み取ったらしい。


「そういう計画があったようですが、私の両親も不自然なやり方を嫌って、私たちを参加させなかったと思います。普通の生活が一番ですし、アリスのように派手に取り上げられたくありません。アリスはその計画の対象者で、最高傑作と宣伝されていたと思いますが」


「最高傑作という表現自体が道具っぽい印象でぞっとするが、アリスはそういう計画が無くても、元から天才だったのではないかとも思う。それくらいに隔絶していた。

 世界管理局と治療局はアリスを上手く宣伝に使って、特殊な才能とか技能を持った子どもたちを集めた特別教育舎を作って、そこで能力を磨いて人の進化に貢献しようという計画を立ち上げた。

 アリス人気が高くて、自分もアリスのような天才になりたいと願う子どもや、親たちの注目度は高く、計画はすぐに実行された。おそらく根回しと準備は終わっていたのだろうな。対象となる子どもの選定も。選定された子どもは、一部の例外以外は、喜んで参加したのだと思う」


「あなたは、参加したくなかったのですね?」


「そうだ。9歳から旧世界管理局に登録された特殊な子どもだからか、対象に入ってしまって大変迷惑だった。断ったが、強制参加させられた」

 

 少しため息をついて、楽譜をめくる。最後の一枚を写せば終わりだ。


「当時の旧世界管理局長であったボーディは抵抗したが、譲歩を引き出すのが精一杯だった。

 崩壊して消えた旧世界が危険なものだったということくらいは子どもでも知っているから、ボーディは、オレが旧世界管理局の職員であると分かったら、排除か苛めの対象にされかねないと主張して、子どもの人権尊重のために個人情報は徹底的に隠すことを要求した。人権倫理委員会に訴えることも辞さない構えでな。

 最終的には、個人情報や技能を開示するかどうかは子ども本人の意志に任せて、名前も本名ではなく公称、旧世界的に言えば偽名を名乗ってもいいことになった」


「アリス事件の記録に登録されている子どもたちの情報がかなり限られているのは、そのせいでしたか」


「オレは公称しか名乗らなかった。

 ボーディは、そんなに条件をつけるならオレは行かなくていいと相手方に言わせたかったわけだが、通ってしまったんだ。ボーディが頑張りすぎて、世界管理局と治療局が人権倫理違反として人権倫理委員会に睨まれかねないくらいに立派な主張をしてしまったのが敗因だ。

 他の子どもたちにもその条件が適用されたので、公称を名乗っていた子は何人かいたと思う。大半の子どもは素直に本名を名乗って、自分のことだけでなく家族のことや技能のことも隠さず話していたが。

 公称以外の情報を明かさないオレは異質だったし、他の子どもたちに色々聞かれたが、オレの出自を知っている治療局職員が慌てて間に入って止めた。職員側はオレが旧世界管理局から来た子どもだということは知っていたが、対応を誤ったら旧世界管理局長に人権倫理問題を追及されることしか知らされていなかった。

 それだけでもオレの身元が特定可能なくらい分かりやすい情報だが。アリス事件の全資料を確認したなら、オレが名乗った名が分かるだろ?」


「ユエ。旧世界管理局所属の子どもで、事件後6年間昏睡。目覚めた後、事件当時の情報を相棒のAIが提供。というだけでも、調べようと思えばかなりの手掛かりになりますね。そもそも旧世界管理局所属というだけで、特定は可能にも思えます。そう言えば、監視猫のワトスンはどうしていたのですか?」


 旧世界管理局職員には監視役がつくので、監視猫がいたら旧世界管理局職員だとばれてしまう。特別教育舎に、猫を連れて行くことはできなかった。

 監視猫が不満げに、にゃあと鳴いた。


「特別教育舎に行くときは装飾品型の監視装置つけていた。オレの生命反応と位置を常時発信して、旧世界管理局に報告する仕様だ。それ以外の機能がないし、どこにいるかを常時監視されることになるので、監視猫のほうがずっといい」


 楽譜を写す手を止めて、膝の上の監視猫を撫でたら、機嫌よくにゃあと鳴いた。


「オレはユエとしか名乗らない不愛想な子どもとして子どもの群れに紛れ込んだつもりだったが、アリスがオレを構いにきた。

 世界管理局と治療局がボーディの条件をすべて受け入れたのは、オレをどうしても特別教育舎に通わせたい理由があったからだ。

 天才少女アリスに唯一欠ける才能は、旧世界に適合する才能だ。つまり、AIの相棒になれない。この世界の知識や技術をほとんど飲み込んでいた天才にとって、未知の領域は旧世界だったわけだが、接触できる資格が無かった。

 特別教育舎にも他の特別な子どもたちにも興味を示さなかったアリスが唯一興味を示したのは、旧世界に接触できるオレだ。オレが来るなら特別教育舎に行くと言われて、世界管理局と治療局は旧世界管理局に圧力かけたり、条件をすべて飲んでも、オレを引きずり出したかったんだ」


「つまり、アリスはあなたの素性を把握していたわけですか」


「特別教育舎はそもそもアリスのために作ったものだと思う。

 当時、特別な子どもと聞いて真っ先に思い浮かべるのは天才少女アリスだ。アリスと交流し、共に学ぶために特別教育舎が作られ、アリスも他の子どもたちも互いに刺激を与えあって、その才能を高めていくことを目指したのだろう。

 だから、天才少女がいなければ、意味がない。だが、肝心のアリスが特別教育舎に興味がない。アリスに興味を持たせるための餌としてオレが必要だった。

 ただ、アリスもボーディ局長が人権問題を主張したのを聞かされていたのか、旧世界のことを人前で口にしてオレを困らせることはしなかった。オレを構う理由をよく聞かれていたが、白うさぎさんみたいだからと答えていたんだ。

 <アリスの物語>の冒頭で、アリスは時計を持った白いうさぎを追いかけて穴に落ちて不思議の国に入りこむ。アリスだから白うさぎを構うのが当然という論理展開は強引過ぎるが、何となく納得されていた」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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