9 保管倉庫
ついでに申し訳ないのだけどと副館長が切り出したのは、博士の旧世界時計5点を厳重な警備体制の敷かれた地下の特別保管庫に保管しに行くことだった。
地下通路で保管倉庫地区に向かう途中にあるそうで、価値の高い品なので、一人で持って行くのが不安だったらしい。
アレクもどうせ通り道だからと快く応じていた。
地下通路と言えば、遺物展示交換会の帰りに通った通路を思い出すが、ここも似たようなもので、緊急時とか重要任務のときに通行許可が下りる。
特別保管庫にはこの地下通路でしか行けないので、館長か副館長が行くしかなかったそうだ。警備局のアレクはともかくオレが入っていいのかと思うが、アレクの同伴者扱いでいいことにしたらしい。
特別保管庫の警備体制が心配になるが、個室ごとの警備が強化されて、遺物の警備警報装置まで組み込まれた厳重なものになっているのは分かった。
副館長が扉を開けて旧世界時計を置きに行ったが、アレクとオレが開いている扉を抜けようとしても抜けられない仕様だ。デルシーにもあった見えない光の網のようなものが展開されているので、承認されている副館長しか入れない。
貴重な遺物を特別保管庫に保管するという重要任務を終えた副館長は、足取りも軽く地上に案内してくれたが、保管倉庫地区内の管理事務所の地下に通じていた。管理事務所の外に出たら、規格の揃った保管倉庫が整然と立ち並んでいた。
副館長がすぐにうさぎが見つかるかもしれないからと誘ってくれたので同行したら、一番大きい規格の倉庫の前に到着した。ここから探すのは大変ではなかろうか。
副館長も絶句してから、少し時間がかかりそうだからオレたちは楽譜を写しに行ってはどうかと言って、突入して行った。
うさぎを発見したら、アレクの腕輪に連絡してくれることになった。手間をかけさせて悪いなと思いつつ、見つけて欲しいので応援する。
もし、オレの思っているうさぎと違っていても、引き取ろうと思って見送った。
アリス・ノートの保管倉庫に案内すると言われて、アレクに手を取られて移動しながら聞かれた。
「あなたは、あのうさぎが欲しいのですね?」
「……説明する」
「はい。保管倉庫内でお願いします」
小型倉庫の並ぶ一画に到着して、迷いなく扉を開けたアレクに促されて中に入って扉を閉めたら、壁にまた扉が出現した。結構凝った仕掛けだな。
新たに出現した扉を開けて中に入ると、部屋の中央にある台の上にノートがぽつんと置かれていた。……アリス・ノートだ。
「少し待ってください。私があなたの承認をしたら、あの近くに行っても大丈夫です。はい、どうぞ。お約束したアリス・ノートです」
所有者の承認なく手を出そうとしたら、障壁でも展開するのだろうか。本当に厳重な警備態勢だな。
だからなのか、アリス・ノートを手に取る前に、胸元が蠢いたというか、監視猫が服の中から這い出して来て、襟元から顔を出してにゃあと鳴いた。
「っ、あの、服は引っ張っていませんが、それもあまり」
「出すから、気になるなら視線逸らしてろ」
紳士は大変だな。さっさと猫を摘まみだしたら、肩の上でうろうろ落ち着きなく動き始めた。
「この倉庫は遺物の警備警報装置も組み込んだ厳重な構造だし、一種の檻に近い印象を受ける。中から絶対に出さないことを優先しているし、警備局の特別隔離房のような機能があるか?」
「アリス・ノートをその台に置いていない限り、扉が開かない仕様になっています。持ち出し厳禁というのを強制的に守らせる設計です。アリス・ノートの扱いについても、出入りについても、設定されている手順を守らないと閉じ込められます。
特別隔離房ほど厳重ではありませんから、通信機能は使えますよ。そうでないと出られなくなったときに、困りますから。もしかして、監視猫のワトスンはそれで落ち着かないのですか?」
厳重だな。通信機能が使える特別隔離房と言ったところか。
警備局の隔離房の基本機能として腕輪の通信機能の妨害があるが、特別隔離房だと腕輪で利用可能な通信機能に加えて、旧世界独自の通信装置も使用不能になる。
オレが冤罪捜査官に特別隔離房に入れられたとき、監視猫も一緒だったので、こういう反応なのかもな。
「AI-ASは監視役だが、同時に職員が犯罪行為か暴力行為にあったときの証言者にもなる。周囲と隔絶された環境だと認識して、警戒機能が起動したんだろ。
職員が指示したり強い衝撃を受けたときもこうなるが、自動的に音声と映像情報を収集し始める。何ごともなければ取得情報は一定時間経過後に破棄されるが、何事かあった場合は、その情報を回収して証拠として提示することも可能だ。
もちろん、私生活が勝手に公開されないよう、人権は最大限尊重されるが。……子守猫も落ち着かないから呼び出しておく。ワトスン」
腕輪から黒猫の立体映像が飛び出てきて、警戒するような姿勢をとった。こっちも警戒中だし、おそらく周囲の情報収集も始めているな。
旧世界のAIは、旧世界の映像記録機能を使用することができるし、旧世界管理局の職員の腕輪には、旧世界の映像記録機能が組み込まれている。ただし、職員に使用権限はない。
AIは職員の身の安全や映像記録の必要性、人権倫理原則といったものを参照して、設定条件が満たされたと判断した際に使用可能であるとマスターに告げるし、マスターもその報告を受けて指示を出すことになる。
旧世界管理局職員は、実のところ監視役と相棒の両方が映像記録機能を保有しているわけだが、個人使用や悪用を防ぐために、両方とも旧世界管理局の専用装置で情報を回収しないと閲覧不能である。
事件に巻き込まれたときの証拠資料としてとか、冤罪をかけられた際の無実証明のためなど、しっかりした理由がないと許可が下りないので、オレの女装映像が回収される恐れは、ほぼ無い。
遺物展示交換会のときに、旧世界管理局の馬鹿どもがオレの女装を見にきたのはそのせいだ。映像記録は規制が厳しいので、直接見る方が確実だからな。
個人活動にあてる自由時間が十分に確保されているがゆえに、そういう馬鹿で無駄な行動も可能になってしまう。これも体験と主張されると否定しきれないし、馬鹿どもが集ったおかげでセクサロイド型の取引をするヘンリー一族の大量捕縛に繋がったわけでもあるので、駄目とは言いづらい。
子守猫は単独でできることは少なくて、他のAIに訴えて何とかしてもらうのが基本なので、遺物展示交換会のときのように、周囲に旧世界管理局職員と相棒のAIがたくさんいる方が落ち着いている。逆に、隔離されると落ち着かないし、警戒度が高まる。
「AIのワトスンも落ち着かないのですか」
「こっちは子守猫だから、子どもの保護を頼む相手、他のAIと隔離されると落ち着かないし、警戒度が上がる。ここは隔離空間に近いから、安全な場所かどうかの確認も含めて、周囲の情報収集をしている。
オレが問題ないと言っても、一応聞くことは聞くが、完全に信じることもしない。子どもの判断能力に全幅の信頼をおいてはいけないと設定されているからだ。オレは小さい子でないが、そういう仕様はどうにもならない」
そういう仕様なので、子守猫は自律判断で映像記録機能を使用していたりもする。オレの指示もなく勝手に映像記録を取得しているので問題行動であるが、見逃されている理由もある。
マスターの安全確保のためという子守猫的理由ではいまいち説明がつかないのだが、自然生物研究の発展に貢献する重要な映像記録を取得していることがあるからだ。つまりドルフィーだ。
オレがデルシー勤務を終えて戻ると、研究協力とかいう名目でワトスンが取得した映像記録を確認させられて、ドルフィー関係の映像記録は回収されることになっている。
ワトスンにしか取得できない映像記録だと絶賛されるものが多いが、ドルフィー的権利は尊重すべきだと思う。ワトスンは倫理原則に従ってドルフィーに許可をもらっているはずだという意見で流されてしまうが、にゃあとしか言わない相棒に質問しても真偽不明だ。
「ワトスンたちは警戒心が高くていいですね。そちらのソファで閲覧してもいいので、持って行きましょう」
思っていたよりも薄かった、見覚えのあるノート。
ワトスンたちが見ている中、アリスのノートを一枚一枚めくった。
一ページにぎっしりと書き込まれているが、ページ数は意外に少ないからか、すぐにめくり終えてしまった。
本当にあらゆる旧世界言語を使っているようだが、内容は全く分からない。だが、懐かしい、アリスの字だ。
腕輪の通信機能や捜査官日誌の登録など、文字情報は統一規格文字を使用することになる。
だが、個人認証の一環として、自分の名前は自分の手書きで書くことを求められることもあるし、筆跡も自己表現の一つとされているので、基礎教育の一環で、自分の手で文字を綴る訓練もする。その方が文字を覚えやすいからでもあるらしい。
腕輪は基本的には成人になってから支給されるので、子どものうちは文字の訓練もかねて、手書きの手紙でやりとりをすることも推奨される。
旧世界では、様々な言語と文字が使用されていたが、文字で芸術表現をする文化もあったし、旧世界遺物には装飾的なデザインの文字が描かれていることもあり、文字表現は芸術の一種でもあったと解釈されている。
アリスが書く文字は、癖が強くて見分けやすい。
美しいと言うより力強い書き方で、自己主張が激しいあたり、アリスらしいと思った。筆跡も自己表現の一つとされる分かりやすい事例だ。
「……白紙の楽譜、貸してくれ。オレが写す。アリアは一部でいいのかもしれないが、オレも全部写したいから」
「はい。では、お願いします」
ここまで読んでくれてありがとうございました。




