8 黒猫の仕事
ローゼスがもったいぶったが、子どもを作るために結婚するわけだから、結婚した歌姫が活動休止するのも当然だ。
子どもを生む側である子宮型、女の場合、体を激しく動かすような職務や個人活動をした場合、発生しかけていた子どもの体が破損することもありえるので、結婚登録すると、世界管理局でも社会奉仕活動のための職務の内容を変えるか、勤務体制に配慮することになる。
そのはずなのだが……。
「活動休止してるのに、選考委員になったということは、世界管理局で職務指定されたのか?妊娠してるんだから、管理局も配慮すればいいものを」
「え……?ちょっと、アタシそれ知らない、何、妊娠してたのぉ!?うっそ、そりゃ大変じゃないのよ!?」
「その情報は公開情報ではありませんね。少なくともわたしは知りませんでした」
ローゼスとボーディが知らないということは、本当に公表されていないのだろう。まずいことを言ったかと思ってアレク班長を見たら、少し驚いた顔をしていたが、納得したように頷いた。
「先ほど、人質56と言われたときに違和感を感じていました。正確にはその通りです。姉は妊娠していますが、公表された情報では人質55人となっていますよ。選考会の五日前になって、姉が妊娠していることが確定しました。代わりの選考委員を選ぶ余裕もなく、また姉の夫も遠方で勤務中で付き添えないことから、私が姉に付き添って職務を果たすことになったんです。
その状況で事件発生ですので、かなり焦っていました。不愉快な話になりますが、犯人一味のリーダー格の男は、姉に邪な視線を向けていましたから」
「あらやだ、やっぱりハーレム妄想系の馬鹿だったのね。そう言えば、アレク班長は潜伏していたとか公表されたけど、人質の中に混ざっていなかったということでいいのかしら」
「はい。警備局職員ということもあって、大劇場ホール内の警備室を見せてもらっていました。選考会の邪魔になりたくないですし、警備室からは舞台上も観客席も確認可能ですので、そこで姉の様子を見ることにしたんです。
姉と劇場長だけはそれを知っていたのですが、復古会過激派が突入してきてホールを封鎖したときに、私の存在を隠してくれました。選考会に参加していた何人かと挨拶を交わしていたので、そちらからばれるかもしれないところでしたが、機転を利かせた姉が、私は緊急任務が入って帰って行ったと証言したので」
「賢いし、勇敢ね、マリア・ディーバ。アタシ、痺れちゃう。なるほど、それで警備室かどこかに隠れ潜みつつ、特製通信機で警備局長にご連絡かしら?」
「はい。警備局の初動が早かったというより、ホールの外で警備任務についていたので、即座に事件発生が確認されて局長にも緊急連絡が行っていたようです。
外出先の通信室を借りて指揮を執ると連絡が来ましたが、先ほど言っていた特別療養所でしたか。携帯していた情報バイザーに局長からの指示や、劇場の俯瞰図や各種情報が表示されて、犯人たちに接近する最短かつ最適位置へルート案内までしていただきましたよ。警備局長は個人的に雇った協力者の仕事としか教えてくださらなかったのですが、バイザーの画面に表示されて道案内してくれたのが、その子と同じ黒猫です」
肩の上で、監視猫がにゃあと鳴いた。
「あらまあ、珍しくお仕事したのぉ?とはいってもさすがにこっちの子じゃなくて、AIの方よね。ユレスは見た目そっくり同じに作ってるのよねー。
そこにいる子は遺物管理局がつけた職員の監視役なの。勤勉な子だから、ユレスから離れたりしないわ。で、ユレスが遺物管理局職員である証であり、相棒であるAIの黒猫ちゃんは最優先任務以外のお仕事はしない子として有名なのよ。気まぐれさんなのよねぇ」
「気紛れだから、たまに仕事するんだろ。アレク班長がありったけ情報寄越して来たから猫の手まで借りなくても良かったんだが、オレの態度が気に喰わなかったのか、仕事する気になったらしいな。
旧世界の設計図を忠実に再現した劇場だったのが良かったのかもしれない。アレク班長に無茶を言って行かせた天井に張り巡らせた移動路は、旧世界の名称ではキャットウォークと言う。猫の通り道だ」
「あらやだ、ぴったりね。なるほど、劇場って広い空間だし、近づいたらばれちゃうのにどうやって制圧できるまで近づいたのかと思えば、天井の通路を移動したのね。でも落ちたら怪我するわよ、怖いわよ」
「落ちなければ問題ありませんし、おかげで制圧しやすかったとも言います。黒猫さんが道すがら色々な物品を持つよう指示してきたので何をする気かと思えば、キャットウォークのあちこちを移動して、紐を引っ張ったら物が落下するような仕掛けを作らせられました。過激派のリーダーとその周囲にいた二人はやりやすかったくらいです。上から三人に網を投げ落として、飛び降りて制圧しました」
「そこは公表しても良かったのではと思うくらいの制圧手法ですね。いえ、今後も使えるかもしれないと思って、警備局長はあえて伏せましたか。公表すると頭上も注意と警戒を向けられてしまうことになりますから。
なるほど、黒猫さんはかなり頑張って働いたのですね。アレク班長が納得いかない気持ちも分かりますし、その矜持はなかなか好ましいです。ユレスの補佐がなければ英雄は生じえなかったか、かなりの困難と犠牲を払ったかもしれないわけですから」
「警備局長から、協力者の関与は隠すことで協力させる取引をしたとお聞きしたときは耳を疑いましたし、そのために私が英雄に祭り上げられたという気分になってしまったことは理解していただけると思います。
世界管理機構から褒賞も出るような大事になってしまったのは仕方ないとはいえ、心から納得できるものでもありません。せめて褒賞は黒猫さんに受け取っていただきたいと警備局長に言っても、無視されていたところなのですが、思わぬところから手がかりがありまして」
ここまで読んでくれてありがとうございました。