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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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6 アリス・ノート


 突然アリス事件と言われて、一瞬息が詰まった。


 肩に飛び乗った監視猫がオレの頬にすりよって来たが、優秀な捜査官にもオレの動揺は分かったようだ。真剣な目でオレを見つめて言った。


「あなたを追い詰めるつもりはありませんが、私もアリス事件の全資料の開示許可をいただいて、一通り目を通しました。あなたが話してくれるまで聞くつもりは無かったので、今まで言いませんでしたが」


「……アリス・ノートを褒賞として要求させたし、未解決事件だから捜査課の捜査官として興味持つのは当然のことだと思う。……アリス事件がオレの個人的事情に入るのは事実だ。もしかして」


「はい。アリス・ノートをようやく入手しました」


 入手したのか。ぼんやりそれを認識して、唐突にあの事件に向き合わざるを得なくなったことに、愕然とした。


「ユレス?……突然過ぎましたか。あなたを動揺させたかったわけではないのですが」


 監視猫がにゃあと鳴いたのを無意識に撫でた。オレは動揺しているのか?分からない。

 だが、後回しにしたら、向き合いたく無くて逃げ続けることになるのは分かっていた。


「大丈夫だ。悪いな、オレが要求したのに。取引は、さっさと終わらせてしまおう。アレクの都合がいいときに見せてくれ。もしかして、持って来たのか?」


 アレクが首を振ったので安堵した。やはり、逃げているか。


「私の所有となりましたが、アリス・ノートの保管場所は指定されていて、世界管理機構指定の保管倉庫ごと譲渡される形になりました。組み込まれている警備機構はそのまま解除せずに利用し、閲覧もその倉庫限定でという条件付きになっています」


「ずいぶんと、厳重だな」


「世界の進化に貢献するかもしれない重要な品だからとのことです。アリス・ノートを解読したい研究者の方たちの強い要望があったようですね。

 所有者は私ですが、世界管理機構がアリス・ノートの閲覧申請を受理します。所有者の私の都合を最優先して、私が閲覧していない場合に限り、閲覧させることになっています。世界管理機構としては、私にアリス・ノートの一部である楽曲の利用権だけを渡したくらいに考えていますね。その目的ということにして申請しましたので、仕方ありませんが」


 アレクは姉の歌姫マリア・ディーバのために、楽曲部分の利用権を得る目的で、アリス・ノートの授与を申請した。

 マリア・ディーバはヨーカーン大劇場占拠事件の人質になっていたし、人気の歌姫だ。占拠事件を解決した英雄様が、褒賞として姉のための楽曲を望んで申請したら、世界管理機構としても却下する理由に困っただろう。


 アレクの理由は正当過ぎて通すしかなかったし、そうなるように理由をつけて申請したのはさすがだと思う。

 だが、世界管理機構も申請通り楽曲の利用権は渡すが、実質的にはアリス・ノートを渡さない対応をしてきた。


 それだけ、アリス・ノートの価値は高く見積もられている。



 アリス・ノートは、あらゆる分野で突出した才能を示した天才少女アリスの死後に発見された手記である。


 狂気の人形師パリラのような妄想日記では無く、研究記録と言った方が正しいものだと推測されている。何故、推測になるのかと言えば、美しい音楽が記された楽譜以外の部分が解読できないからだ。


 アリス・ノートは旧世界の多様な言語を組み合わせて記述されていて、数式や挿絵から判断するに、新しい技術や制度の構想であると推測することはできるが、具体的な内容は解読できていない。

 あらゆる分野で鋭い見識を見せた天才少女だったので、あらゆる分野における最新の研究であり、世界の進化に大きく貢献する内容のはずだと期待されているし、その解読に挑戦する研究者は多い。


 旧世界言語を使用していることから、旧世界管理局に解読の依頼が来ることもあるが、旧世界の言語の情報提供に留めて、それ以上関わらないのが旧世界管理局の方針である。

 専門分野の研究であるのならば、解読は専門の研究者にしかできないだろうという理由を掲げているが、それだけでないのは分かっている。


 オレに対する配慮だ。


 関わるなとか忘れろと言う人もいるし、解読したいならオレに任せるべきだと言う人も、オレは心の整理をつけるべきだと言う人もいる。

 どうするにせよ、アリス・ノートは、オレが一度は向き合わなければならないものだ。


 解読できるなら解読してもらいたいと思っているので、世界管理機構の対応に不服は無い。アレクは不服がありそうな顔をしているので、それは伝えておくことにした。


「それでいい。オレはアリス・ノートが欲しいわけではなくて、ただ、向き合わなければいけないだけだ」


「あなたにアリス・ノートのことを聞いても、所有権はいらないと、ただ見るだけでいいとしか言ってくれませんでしたね?取りあえずその要望には応じられると思って、世界管理機構の提示した条件を受け入れました。これ以上引き渡しを引き延ばされても困りますから」


「うん。……オレの変な態度が気になるよな?」


「あなたの要望通りにするのが取引の範疇です。ですが、聞いたら教えてくれますか?」


「……気が向いたら、話す」


「アリス・ノートのある保管倉庫にはいつでもご案内しますが、どうします?私は二日後の朝から勤務の予定で、それまでの間は個人活動時間です。あなたもそうですよね?」


 追い詰めるつもりは無いと言いつつ、逃がすつもりもなさそうだ。

 アリス事件の詳細情報を見たら、意味不明過ぎて捜査官として気になるのは分かる。オレの勤務日程まで把握するほど職務熱心でなくてもいいのにとは思うが。


 行くしかないか。監視猫を撫でたら、にゃあと鳴いた。


「……アレクの都合がつくなら、日程は任せる」


「では、明日は一日お付き合いください」


「アリス・ノートを見るのにそれなりに時間はかかると思うが、さすがに一日はいらない。そこまで気遣わなくていい」


「時間に余裕があった方がいいですよね?保管倉庫は盗難を警戒して、転送装置から少し移動した先にあります。近くに遺物資料館もありますし、時間に余裕があれば解説して欲しいです」


「構わないが、全公開している資料館だろ?危険物とかは徹底的に排除してあるから、安全な宝飾品とか芸術品関係が多かったと思うが。そう言えば、からくり時計も数点あったか。もしかしてアリアみたいに時計に興味でもあるのか?」


 からくり時計の歯車は順調に回り続けている。

 世界は変化するのが当り前で、停止するのは世界の終焉のときだけだ。終わっていないのであれば、動き続けるしかない。


「修理まではともかく、見るのは好きですよ。からくり時計とか、こういう歯車が組み合わさって動くのは綺麗だと思います」


「そうか。なら、資料館を案内する。結構大きい歯車時計があったと思うし」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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