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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第五章 アリスと黒猫
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4 想定外


 オレに伏せられていた情報と警備局長の見解を聞いたら、すっきりした。


「なるほど。オレにもそこまで説明してくれていれば、疑問に思わずに済んだのに」


「局長からも関係者一同からも、この件に関してはあなたは関わらせないと合意がなされています。いえ、ですが、あなたの意見を聞こうとしているのに情報を制限していたのは悪かったとは思いますが……」


「紳士として未分化型に配慮したのは理解した。ところで、デルソレの件って、時事情報放送では、デルソレで水中劇場が切り離されるという大事故が発生したが、警備局の迅速な対応のおかげで、水中劇場にいた人たちは無事に救助されたと公表されているよな。

 それで事故原因究明のためにデルソレは閉鎖して、関係者から事情聴取して事態の解明に当たっているという状況だが、大規模誘拐事件として公表するかどうかで悩んでいるということでいいか?」


「はい。警備局内で意見が分かれていますし、局長もこれだけ大規模な誘拐事件を企んだ目的が読み切れないので即断できないようですね。

 <知識の蛇>の技術力と計画実行力を見せつけるつもりであったのであれば、大規模な誘拐事件が危うく成功しかけたということを公表するのは、かえって<知識の蛇>の思惑どおりになりかねません。

 かと言って、大事故が発生したことしか公表せずにいて、<知識の蛇>の危険性を知らせず別の事件に繋がっても困ります。局長は、大規模な誘拐事件のその後も何らかの計画があったと推測していますし、警備局も、あれだけ多くの人々を連れ去る以上、その後の<知識の蛇>の計画に必要であった可能性が高いと見込んでいます。ただ、それが何かについては、想定できずにいます。

 水中劇場で丸ごと誘拐してしまおうという発想自体が、警備局の想定を大きく超えていましたし、蛇の発想力に感心する職員すらいますよ。当然、大規模誘拐事件が成功した後の計画についても想定できるものではないと諦め気分でもいます。

 だから、このとんでもない事件をあっさり看破したあなたの見解を聞きたいわけです」


「オレがとんでもない事件専門のように言うな。<知識の蛇>は何でもありだし、オレがそんな変態犯罪者集団の計画なんて想定できるわけないだろ。言えるとしたら、大規模誘拐事件と公表するかどうかについてのオレの個人的な意見だけだが……」


 話をしつつもからくり時計の調整もしていたが、ようやく終わったので、動かした。

 この部屋のからくり時計は歯車がいくつも噛み合って動くのが外から見える構造で、見ていて飽きないし綺麗なのだが、すぐに引っかかって止まったりする。


「放置だ」


「え?」


「大事故の原因究明中のまま放置する。首謀者と思われるマキナを筆頭にデルソレの警備にしろ職員にしろ<知識の蛇>関係者は黙秘してるんだろ?関係者の事情聴取が終わらない限り、いつまでも原因究明中と主張できる。放置だ」


「確かに、事件の全容が分からない限り、先走って公表するものでもないという意見もありますが、放置ですか」


「大規模誘拐事件と公表するにしても、<知識の蛇>については公表しないだろ?」


「はい。悪質な犯罪者集団によるものと公表することになります。

 警備局では主に3つの意見に分かれていますが、1つは現在公表されているとおり、大事故として扱って、マキナを含む<知識の蛇>関係者は大事故発生の責任を追及して罰則を受けてもらうというものです。

 もう1つが、当初は大事故と思われたが、事情聴取と現場検証の結果、大規模誘拐事件であったことが判明したと公表するもの。その場合、デルソレを監督していた世界管理局の責任が追及されますし、警備局も対応が後手に回ったことになります。

 警備局としての面目が一番立つのが、ベルタ警備局長は事前に凶悪な犯罪者集団による大規模誘拐計画を察知していたがために、万が一の事態に備えて効果的な一手を打っていたので、事態に対応できたとするものです。

 局長の指示で大量の鎮静剤が事前に用意されていましたし、デルシーとリック博士との連携も見事過ぎましたので、警備局ではこれがごく自然に受け入れられています。局長の個人的な協力者からの指示だろうと。

 黒猫さんという名前まで知らずとも、局長は旧世界管理局に優秀な協力者がいることは知られていますから」


「オレの前は、オレの祖父さんが警備局長の協力者だった。そっちと混同されないようにオレは黒猫と呼ばれている。一応警備局長なりの気遣いだ。祖父さんは別名で呼ばれていたが、蛇に思いっきり恨まれている。オレというか、黒猫の方もそうなりつつあるので、もはや無意味な呼び分けだろうが」


 監視猫が呼ばれたと思ったのか同意なのか、にゃあと鳴いた。猫を撫でてから話を続けた。


「放置と言っても、捜査も調査も何もしないという意味ではない。公表する内容だけは現状維持のまま放置だ。時事情報放送とか世界管理機構からつつかれたところで、大義名分がある。なんせ首謀者一味が何も喋らないからな。推測だけで公表したら、下手すれば冤罪事件になるとでも言ってやればいい。

 喋らない蛇が悪いんだ。蛇が大きな事件を起こして宣伝を企んでいたとしても、肝心の実行犯が黙秘し続ける限りは、原因究明中のため公表できない態度を貫けばいい。それに、誘拐されかかった連中にも配慮した方がいいだろ。誘拐事件と公表されたら、誘拐された後、どうなるところだったのかが気になり始める」


「そうですね。それも懸念事項でしたので、意見が分かれていました。知らない方が心の負担にならずに済みます。水中劇場内にいたほとんどの人は、大事故にあったとしか認識していませんから」


「大規模誘拐事件と公表するなら、その目的も推測して公表せざるを得ないだろうが、オレに聞かれても分からないし、推測するつもりもない。 

 何でもありの<知識の蛇>が、何を考えて何をするかはオレにも理解不能だ。情報不足の状態で推測する方が惑わされるだけなので、保留して放置する。

 その方が蛇の方で勝手に勘繰って警戒して裏を読んでくるか、混乱して尻尾を出すかもしれない。蛇が黒猫を警戒するのは、想定外だからだ」


「想定外、ですか。確かにあなたは、私の想定から思いっきりはずれてくれますが」


 何か言いたいことがありそうだが、流して話を続けることにした。


「<知識の蛇>はあらゆる経験を是とするし、そのためにあらゆる状況を想定するが、それは蛇の収集したあらゆる知識と経験の範疇内に限られる。当たり前のことだが、想定できることでしか計画を立てることはできない。

 ボーディが言うには、蛇が一番嫌うのは想定外だし、一番恐れるのも想定外だ。不意打ち喰らって計画が台無しになるし、対応不能だからな。オレと祖父さんは何故かそういう状況になることが多い」


「蛇に同意したくありませんが、想定外は本当に困りますね。どうにかなりませんか?」


「どうにもならないから想定外なんだ。例えばだ、<知識の蛇>はベルタ警備局長を警戒しているし、デルソレで大事件を計画しているなら、近くには来て欲しくなかったはずだ」


「それは……そうですね。ヘンリーと<知識の蛇>と推定される相手がセクサロイド型人工物のパーツの取引をしていましたが、件数が多すぎて、どれかは取引現場をおさえられてもおかしくない状況でした。

 旧世界管理局のご協力もあってヘンリー一族が大量に捕縛されましたが、それがなくても、取引相手が警備局に密告して、警備局の目をヘンリーに引き付けて、デルソレで計画中の大事件から注意を逸らすつもりだったのではないかという推測もあります」


 妥当な推測だ。ヘンリー一族が26人捕まったが、多すぎる。

 パーツに分けて取引件数を増やした方が安全に見せかけて、26人が不審行動をとっていたら、警備局の目に引っかかる確率が高くなる。


「そうかもな。だが、警備局長は真面目に休暇を満喫しに、デルシーに来てしまった。想定外だ。仕事中毒の警備局長が何故、長年追っていた獲物のヘンリーを放置して休暇を楽しみに来てしまったのか」


「あなたが、ドレスを着て交流場で遊べと言ったからです」


「その通りだが、ばばあはいつもなら鼻先で笑い飛ばすところだ。とんでもない勘違い事件のおかげで、オレの要求を呑んだからそうなった。

 <知識の蛇>がそんな事態など想定できるわけもない。そして、デルシーでも想定外の事態が起こった。ララがオレに嫁を紹介しに来たので、ドルフィーに初恋してしまった青年が失恋した。オレも想定外だが、マークは諦めきれずに魚を貢いで振り向かせようとして、誘拐の密談を聞いてしまった。いくらなんでも想定外過ぎる」


「確かに……マークが失恋して、魚釣りに行かなければ、誘拐という単語を聞くことも無かったでしょうし、私たちは何も気づかず事件は起こってしまっていたと思いますが」


「そうだ。断固として休暇を主張した警備局長とアレク捜査官、オレをドルフィーの相手に専念させるために余所で起こる事件なら放置する気でいたデルシーの支配人という状況にもかかわらず、ドルフィーへの一途な愛を貫くマークと新人二人の熱意が事態を動かし、オレがとんでもない推論をするところにまで辿り着いたわけだ。

 <知識の蛇>の立場になって考えろ。あの巨大な水中劇場を作るのも、デルソレを設置するのも含めて膨大な手間と時間と資材と人材が費やされている。計画実行に至るまで慎重に準備を重ねてようやくあそこまで状況を整えたはずなのに、オレの適当な推論によって、ドルフィー保護用の網を張られただけで阻止されるとか残念過ぎる。

 オレならそんな残酷な真実を知りたくないし、<知識の蛇>が総力を挙げてもその真相にはたどり着けないと思うが、何故こうなったのかをこちらからわざわざ教えてやる必要もない。

 勘繰って、深読みして、混乱して、無駄に調べ回って、無為な時間を費やさせて、うっかり尻尾を出すのを待ったほうがいい」


「なるほど、そのために、放置ですか」


「<知識の蛇>の計画をベルタ警備局長が掴んでいたと公表されたら、むしろほっとされると思うぞ。

 手強い鋼の女と、協力者の仕業だ。今までも散々邪魔されて来たとなれば想定内だし、ヘンリーに目を向けずデルソレの計画を察知してあえて休暇でやってきて対処したと言ってくれた方がまだ納得できる。ここまで鮮やかに対応されてしまった今となっては、そうであってくれと願っているかもしれない。

 警備局長と黒猫がすべて見抜いて対応したのだと。オレとしては冤罪を主張したいが」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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