3 女の確執
「……そこまで。ユレス、確認しなければならないことがありますが、まずはお願いがあります。私が冷静でいられるよう、そういう発言は慎んでください。あなたの口から聞きたくありません」
紳士としては耐えがたいか許しがたい発言だったのは分かったが、いちいちそういうのを気にしていたら話が進まなくないか?ばばあなら、これくらい普通に会話の範疇だぞ!
だが、ジェフ博士ならとんでもないと言って、黙らせようとする話題なので、同類の紳士っぽいアレクにも配慮することにした。
圧力が怖いからではない。たぶん。
オレが頷いたらようやく手を放してくれたが、いらんこと言ったらまた口をふさぐつもりで待機していそうな気もする。
仕方がない、多少は言葉を選ぶか。
「まず、聞きたいのは、私はあなたにヒミコの件を話したことはありませんが、いつ、どうやって知ったのですか?」
「事件発生日に、アレクと入れ違いでカクテルカウンターに来た警備局長とクレア捜査官から聞いた」
「あんな場所で何を話しているんですか、あの二人は!」
「いや、一応、防音装置を起動していたが」
「そういう問題ではありません!!」
紳士としては容認しがたい話だったらしい。
デルソレの件については、オレは基本的にアレク捜査官から聞いていた。姉御に聞いても、遺物関係のことだけは情報共有されたが、後はアレク捜査官に聞きなと言われていたので、オレはあくまでも関わるなという姿勢でいたのだろうと思っていた。
だが、もしかして、オレは情報制限でもされていたのか?
アレク捜査官に二人から何を聞いたかをすごい剣幕で尋問されたが、オレから聞きだした後でアレクは顔を覆って固まった。
「<色欲>の原液が使われたわけだし、蛇の関与確定という情報だから仕方ないだろ。あとヒミコはヘンリーをはじめとして男たちがご執心だから何かあるのかという話をしたかったようだ。あ、そうか、<知識の蛇>の男もうっかり魔性の美少女に惑わされた可能性も十分あったな」
「……言っておきますが、私は惑わされませんし、嫌悪しか感じませんでした。そこまで聞いてしまっているなら変な誤解を与えないよう話しますが、私は隠し部屋に入って状況を認識した瞬間に、局長を呼び出しましたし、その場から一歩も入っていません。絶対に近づきませんでした。見たくも無かったので、見張りもローゼスに任せました」
「ローゼスは乙女心が分かるからそれで正解だと思う。捜査で入ったわけであって覗きにはならないし、助けに来てくれたと思ってくれるだろ。
そう言えば、ローゼスにデルソレの捜査のことを聞いたら、お子様にはまだ早いのよと言っていたが、まさか口止めでもしていたのか?」
「未分化型のあなたに配慮すべき案件だと思います。なのに局長とクレア捜査官が言ってしまうとは」
「あの二人、女だが、女に対する配慮は無いぞ。アレクは大変紳士だと思うが、オレも捜査官だと思い出してくれ。だが、無理に説明させたりはしない。後でばばあか姉御に聞く」
「あの二人に聞かれるくらいなら、私が話した方がましです」
いかにも不本意という顔でアレク捜査官が、オレに伏せていた情報を話し始めた。
マキナは<知識の蛇>らしく事件のことも計画のことも黙秘を貫いたが、ヒミコのことになると黙っていられなかったのか、愚痴なのか、積もり積もった憎悪なのかを吐き出した。
そう言えば、ばばあが蛇は任務のことはだんまりだけど、冤罪かけられたら黙っていないし、性癖のネタで弄られたら反応することもあるから、暇があったらそっちで煽って情報引き出してもいいとか言っていたことがあった。
警備局長は相手の弱い部分を抉るのが得意なので、事件の首謀者と推定されるマキナの尋問を担当し、ヒミコの話を振って煽った。
引っかけと分かっていても、マキナはヒミコのことは、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
ヒミコは男を引っかけては騒動を起こすとミヤリとリマが言っていたが、親の立場で後始末して回ったマキナは苦労したのだろう。治療局長は末娘を溺愛していて、ろくに注意しなかったようだから、なおさらだ。
元セイレーヌのマキナとユキナの間にも、ユキナの娘であるヒミコとマキナの間にも因縁というか女の確執があった。
今の治療局長と結婚を前提に付き合っていたのは、マキナだった。
ユキナは相手がいる男にちょっかいかけて奪うのが趣味だったので、マキナはユキナには知られないようにしていたそうだが、とうとう知られて、すぐにユキナに持っていかれた。ユキナは凄腕の魔性の女だったらしい。
ユキナの結婚を機に解散したセイレーヌだが、そんな裏事情があったら、そのままグループ歌手を継続できるわけもない。男を取られたマキナと男を取ったユキナが仲良く歌うとか修羅場だな。ラキアも事態を知って、解散に同意した。
ラキアとマキナは、セイレーヌを終わらせたユキナとの間に距離を取ったが、ユキナは幸せな結婚生活を満喫していたのか自然に疎遠になった。
警備局長の推測では、<知識の蛇>はここでマキナに声をかけたのではないかとのことだった。
蛇は付け込む隙を伺っている。
蛇の目的は治療局長の側に<知識の蛇>の構成員を送り込むことだったのかもしれない。当時は治療局長では無かったが、将来は確実にその座につくと見込まれていたようだし。
<知識の蛇>は長期計画を立てて実行することができる。マキナの昔の男が治療局長になった後に、治療局長の妻であるユキナが、生まれたばかりのヒミコを残して事故死した。
元セイレーヌの縁で、ユキナの旅立ちの見送りにマキナも行ったし、そこで治療局長と再び関係を繋いで結婚に至ったわけだが、出来過ぎた話とも言える。
マキナは都合の悪いことは語らなかったが、ユキナの事故死が<知識の蛇>の手配ということは十分考えられる。
ヒミコはマキナに懐かず、記憶もない母親の思い出を求め続けた。
母親の死亡直後にマキナと結婚した治療局長に思うところがあったのかもしれないが、マキナのユキナに対する敵意も感じとったのかもしれない。
愛憎問題になると、部外者が勝手なことを言えるものではないが、ユキナの代わりにマキナがヒミコを育てる決意をしたという美談の裏側は別の状況だった。それはマキナばかりが悪いわけでもない。
ミヤリとリマも言っていたが、ヒミコは服装にしろ態度にしろ、騒動を起こすだけで、対応策を考えることもしなかった。
結果的に、同年の二人も迷惑を被ったし、その後始末をしないとならない治療局長と特に女親の立場で指導しなければならないマキナは非常に大変だったのだろう。
だからと言って、性犯罪を煽るのはどうかと思うが。
マキナはある意味<知識の蛇>らしく、ヒミコが経験から学んだ方がいいと割り切って、あえて煽って性犯罪被害にあうように仕向けていた。
礼儀作法や生活態度については治療局長の娘に相応しい振る舞いをするよう叱ったり指導したが、性犯罪にあわないように指導することはしなかった。
そして、ヒミコをハーレム願望があったり、女に手の早い男に紹介して回ったり、煽ったりした。
ヨーカーン大劇場占拠事件のときに暴走した復古会過激派もハーレム好きだったが、もしかしたらああいう類のも煽ったのかもしれない。
ヒミコもあの事件で人質になっていたわけだし、治療局長の娘だから、過激派の本来の人質計画が上手く行っていた場合、連れて行かれるのはヒミコだった可能性も高い。そして性犯罪の犠牲になる可能性も高かった。
マキナはヘンリーをヒミコに引き合わせて煽ったし、ヒミコは恥ずかしがって嫌がっているように見えても、本心は別だと囁いたりしたそうだ。
ただ、マキナは、治療局長と共にヒミコをアレクの嫁にどうかとお勧めしたり、ヒミコとの見合いのためにアレクにデルソレの招待状を送ったりと、ヒミコのために尽力しているようでもあったので、その行動は不可解でもある。
警備局のアレク捜査官相手だと、性犯罪はありえないだろうし、ヒミコの恋の応援をしているようにしか見えない。
警備局長の見解では、マキナには悪意もあったが、ヒミコを引き取ってくれる男なら誰でもいいから押し付けたいという思惑もあったらしい。
ヒミコは母親のユキナと違って自覚無く男を落してくるので、予測も把握もできないところで騒動が起こって、マキナは心底嫌になっていたそうだ。
ラキアにも、花王は適正に選んで欲しいが、ヒミコを早く嫁にやりたいから、誰かいい人が見つかるように祝花祭の手伝いに使ってくれないかと依頼していたそうで、ラキアは聞き入れてヒミコを花姫役にした。
マキナはラキアの配慮に感謝していいはずだが、ヒミコへの憎悪が強かったのか、ヒミコのこともラキアをデルソレ関係の事件の主犯にするために使った。
隠し部屋でヒミコを襲っていたのは、水中劇場への通路のところにいた設計士の助手の男である。
ラキアの証言によれば、助手の男は通路を爆破した後、じゃあお先にと言って去っていき、警備はいつ順番回って来るかなと雑談しつつラキアを連れて行ったそうだ。
警備局長の推測では、ラキアが<知識の蛇>の構成員であるとする偽証を強固にするためではないかとのことだ。
複数の職員を経由して、ラキアがヒミコに特別な飲み物を差し入れして飲ませたとする状況が成立するように整えていたし、ヒミコも花姫役にしてくれて指導もしてくれたラキアの差し入れならと自ら飲んだようだ。
その後、蛇の職員がヒミコが体調が悪そうだから休んだらどうかと連れて行ったという目撃証言もあったので、そのまま隠し部屋に捕らわれたものと推測されている。
ヒミコが飲まされたものは<色欲>の原液だし、<色欲>の原液が出てきたら、知っている関係者は即座に<知識の蛇>の関与を確定させるし、それを手配した者は当然蛇だと推定する。
マキナはこれでラキアを蛇の一員に見せかけるとともに、ヒミコに対して性犯罪も仕掛けた。
<色欲>に狂わされて相手を求めてしまう女相手であれば、ことに及んでも見るに見かねて治療行為として協力したと主張することも通るらしい。
つまり、助手と警備の男たちはそう言い逃れるつもりだったと推測される。
デルソレに残る設計士の助手と警備の男たちは、偽証して警備局を惑わせたり、ラキアを主犯に仕立て上げる任務についたのだろうが、それは警備局に怪しまれて捕縛される可能性も高い任務でもある。
これも得難い経験であると、蛇の一員なら喜んで任務を受けるのかもしれないが、マキナが報酬的なものとして、ヒミコを差し出したのではないかいうのが、<知識の蛇>相手の経験値が高い警備局長の見解である。
何に対しての報酬かと言えば、堂々と犯罪を誇示する<知識の蛇>にとっては不本意な部類の任務である偽証とか主犯の偽装工作をすることだ。
喜んで経験するのか、それとも不本意だから報酬が必要なのか、どちらなのかというあたりの蛇の思考は、オレだけでなく一般人には解読不能領域なので、蛇に詳しい警備局長の見解を受け入れるだけだ。
<知識の蛇>のことなので、水中劇場で大規模誘拐をすることだけが目的という愉快犯的な計画であった可能性もあるが、偽証や偽装工作までして、一時的にであれラキアを主犯として目を逸らすか時間稼ぎをすることが必要だったのだとすれば、誘拐事件の後にさらに壮大な計画があったのではないかと推測されている。
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