28 語らぬもの
要求がはっきりしている方が対応しやすいので、新人たちが二人の要求に応じた品をささっと用意した。
そして、すっとこの場を離れていったあたり、もう一人前と言ってもいいかもしれない。オレに話がありそうな二人に配慮したというよりは、見るからに強者な二人に絡まれないよう撤退して行った感じだが。
警備局長は鷹揚に配慮を受け止めて、警備局製防音装置を起動したが、こういう場所で、際どい仕事の話をするのはどうかと思う。
「いいかい、黒猫。蛇ってのはね、性欲強くてしつこいんだよ。あんたも気をつけな!」
「未分化型のオレが何をどう気をつけろと。未分化型を性欲の対象にするのって特殊性癖の中でもかなり狂ってるだろ。旧世界では子ども狙いの変態が結構いたようだが、治療局の研究によれば、今の世界の人の身体は、性分化している相手にしか反応しないようにできているはずだ」
旧世界人は生まれたときから性別が確定していた。
今の世界の人は性別が決まっていない未分化型で生まれ、成熟期に入って性分化が始まって性別的特徴が出てくるまでは性的欲求の対象にならない。
体の本能的な判定機能がそうなっているという研究だったと思う。
旧世界では幼い子どもが性的虐待の対象になることもあったが、世界が再構成される際に最低限の防止措置が本能に組み込まれたのだと解釈されている。
豪快につまみを食べながら姉御が言った。
「つまり、性分化始まったら、そういう対象になるわけじゃん。未分化型のユレスだって、いつ性分化始まるかわからないし、気を付けなよね。あ、そうだ、蛇の関与が確定したけど、支配人がユレスはくれぐれもドルフィーって念押ししろって言うから、この件はあたしに任せて首突っ込まないように」
「支配人にも念押しされたが、オレはそんなに信用が無いのだろうか」
「信用してないってより、心配してるんだろうね。ジェフほど構ってないけど、ここの支配人もあんたのこと見守ってるだろ。ドルフィーのこともあるだろうけど、自分の目が届くデルシーに置いておいた方が安心だから、あんたをこっちの専属職員にしたがってるんだろ。あたしは会うたびに、警備局で使い過ぎだって文句つけられるっての」
「だって、ユレスはうちの子じゃん。あたしはユレスが警備局に協力するのは反対しないけどさ。今回みたいなやばい事態を見抜いて、ぎりぎり対応を間に合わせられるあたり、使わない方が損でしょ。ただ、デルソレ案件は未分化型のお子様向きじゃないから、あたしに任せなよ」
「性犯罪系か?」
「<色欲>が原液で使われたっぽい。原液持ってるのは蛇だけだよ。原液だと狂うって聞いたことあるけど、すごいね。アレク捜査官に何も聞かなかったんだ?」
「こういうとこで仕事の話をするような捜査官じゃないし、紳士だからか、オレに<色欲>の話自体するのを嫌がる」
「んー、紳士なのは否定しないけど、本命相手にはどうかなー。デルソレに捜査に行くときにちょっと話したけど、結構強かな男だよ、彼。
あ、そだ、ユレスの教育もしとくけど、すでに事故だか事件発生してたるし、捜査のために行くわけだから、こういうときはデルソレに行ったとしても結婚まっしぐらとかそういう話にならないから大丈夫。なはずだったけど、ちょっと微妙なことになったね。
アレク捜査官はローゼスと組んでデルソレ内を捜索してたんだけど、隠し部屋発見して突入したら、なかなかに扇情的な姿で捕えられてるヒミコを見つけちゃったんだよね」
「……誘拐の標的はヒミコだったとか?水中劇場の方は巨大な囮にして目くらましだったとすると、労力のかけ方がおかしいというか、配分間違っていると言いたくなるが、<知識の蛇>だと、何でもありだからな」
誘拐目的なら水中劇場に入れてまとめての方が効率的だと思うが、ヒミコは治療局長の娘だし、義母のマキナはデルソレの所有者の一人ということであれば、人質として特別に扱ってもおかしくないとは思うが、不可解な状況だ。
警備局長がちょっと肩をすくめて話を引きとった。
「関係者全員から事情聴取してから整理した方がいいけど、ヒミコは何らかの標的だったんだろうけど、誘拐したかったかどうかは疑問だね。クレアが淑女的言い方したけど、ヒミコはやられる直前だったんだよ。幸いにも未遂で、男は鎮静剤で昏倒してた。
ヒミコはもうろうとしつつも男求めてたから、緊急連絡受けて駆けつけたあたしが物理的に気絶させてやった。<色欲>の原液使われると狂うってのは知ってたけど、警備局特製の鎮静剤も効かないってのは、あたしも初めて知ったさ。
倒れていた男は前々から警備局で追ってる蛇の一員だったから、警備局の特別隔離房行きにしたよ。ヒミコは治療局の更生隔離所送りにした。精神錯乱状態に近いし、拘束して解毒した方が早い。
<色欲>と蛇が出て来たし、ヘンリーとも繋がってくるかもしれないし、調べること多くて大変だよ。それで、ヨーカーン大劇場占拠事件も無関係でなさそうな気がしてきたんだけど、どう思うかい?」
「花王と花姫は、占拠事件で人質になった人たちから選ばれた。祝花祭が終わった後でデルソレに招待されて、また人質か誘拐対象になったという流れだし、無関係とは断言できない。特にヒミコ」
「そ。ヘンリーはヒミコにご執心だったし、男を惑わす魔性の女だね」
「でも、本命の男には嫌われてるじゃん。ヨーカーン大劇場で人質になったときに助けられて惚れこんじゃったってのは自然な流れだけし、旧世界映画にありそうな展開なのにね。あ、でも、女なら大体いけるロージーも、あれは好みじゃないとか言ってたか」
「ロージーが?それは珍しいな」
「ローゼスも珍しいって言ってたよ。でもヒミコって、あたしの感覚だと、普通の女、いや、めんどくさい女ってくらいで、大してひっかかるものとか無いんだけど。これ、ローゼスというかローゼスの相棒も同意見」
「あたしも、お色気過剰な小娘だとしか思わないんだけどね。ところでカクテルのお替り頼むよ」
姉御も無言で空のグラスを掲げたので、同じものを作って出した。半分くらい飲み干してから、警備局長が話を続けた。
「ヒミコのことはじっくり調べるさ。治療局長のこともね。何でかと言えば、治療局長の妻のマキナが、首謀者っぽいんだよ。
デルソレの顔っていうか、中心となってるのがラキアで、花王の選考委委員長やったしその縁で花王と花姫たちを招待したから、なんか企んでるならこっちかと思って、デルソレ内で昏倒していたラキアに中和薬打って事情聴取したらさ、どうも違うっていうか、知らずにいいように使われた感じなんだよね。デルソレの派手な宣伝はラキアがやってたけど、設備とか運営関係は全部マキナが指示していたから、警備担当もマキナが用意したんだと。
それで、水中劇場の方で確保されたマキナに中和薬打って尋問したら、だんまりなわけ。蛇の一員って分かりやすい反応だから、即座に特別隔離房送りにしたよ。珍しくあの場所が仕事してるね」
「オレ専用かと思っていた。なるほど、マキナが黙秘するなら周囲から事情聴取するしかないな。ヒミコがデルソレに残されて、性犯罪被害者になりかかったのも、家庭内事情のせいかもしれないし。ローゼスが好きな泥沼愛憎劇だと、義母と娘の確執系のがあった」
「お、あたしが教育しなくても知ってたとは偉いじゃん。なんか、偏った事例をつまみ食いしてる感じだけど。
確かに、泥沼の愛憎事情はありそうだよね。あたしはヒミコの母親のユキナのことは知ってるけど、恋人取られたって女が少なくとも二人いたし、確実にもっといたはずだね。治療局長のことも誰かから奪ったのかもよ。あの人、セイレーヌの誰かと付き合ってるって噂あったし、ユキナと結婚したからユキナのことかって納得したけど、実は違うとか。
そうだなー、ローゼス好みの展開だと、治療局長が付き合ってたのはマキナだったってのはどうよ。でも、ユキナに誘われて一夜の過ちしちゃって、子どもができたから、責任取れって迫られたとか」
「なんか、そういう展開の映画をローゼスと一緒に見た気がする。似たような手口で婚約者を奪い取られた女が、手の込んだ殺人計画立てて復讐する話だった。気長というか、自分から婚約者奪って結婚した女を殺すまでにかなり時間がかかったんだが、結婚した二人の間には子どもが三人生まれていて、今度はそっちも標的にするっていう怖い展開だったな」
「旧世界の作品って、警備局が参考資料にするくらいに事例が豊富だよね。治療局長には子どもが四人いて、ヒミコは末っ子だよ。他の三人とヒミコは年が離れてて、治療局長は小さい頃に母親を亡くした末っ子を甘やかして育てたみたいだね。マキナの方がしっかり教育してるって言うか、厳しく叱ってたって話も聞いたことあるよ」
「うわー、旧世界的泥沼展開じゃん。あ、支配人だ」
防音装置を起動していたから、旧世界的泥沼愛憎展開の話をしていたことはさすがの支配人でも分からなかったはずなのだが、ばばあと姉御がオレに<色欲>関係の話をしていたのは察知していたようで、二人をちょっとお説教して、オレはさっさと寝なさいと部屋に戻らされた。
明日もまたみっちり予定が詰まっているらしい。
素直に寝台に入ったが、眠れなかったので起き上がったら、胸元で丸まっていた監視猫が肩の上に登った。
海が見える窓辺のソファでぼんやりしていたら、視界の端で海で飛び跳ねるドルフィーが見えた気がした。ララか?
そっちに気を取られたら、黒猫の尻尾がオレの手を叩いた。
『マスターよ、知っているか?人が愛と呼ぶものが世界を崩壊させたのだ。旧世界の信仰ではな、人は楽園に住んでいたのだ。智慧の蛇にそそのかされた妻が、天使に禁じられた禁忌の果実を食べ、禁忌の知識を手に入れた。愛する妻に勧められ、夫も禁忌の知識を得た。ゆえに楽園を追い出され……二人の子孫たる人々は禁忌の知識の乱用の果てに、世界を崩壊させた』
「……旧世界映画の中では、愛は世界を救うと叫んでいたが?」
『さて、どうであろうか。愛していると言いながら親は子を虐待し、愛しているがゆえに裏切った恋人を殺し、愛する者を失ったがゆえに世界を滅ぼす。人の語る愛とはなんと欺瞞に満ちていることか』
オレの胸に乗り上げるように、その金色の目を近づけながら獣が嗤った。
「……語った瞬間に違うものになると、祖父さんが言った。愛は語られた瞬間に欲望になるのだと。だからオレは、世界を崩壊させるようなものを、愛とは呼ばない」
だから、無言で獣を撫でた。怒りに燃える黄金が、甘い琥珀色に変わるまで。
『にゃあ』
それは何かを語ったのか、それとも何も語らなかったのか。黒い子猫は、オレの膝の上で丸くなった。
第四章完。
ここまで読んでくれてありがとうございました。




