表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第一章 英雄と黒猫
7/371

7 歌姫マリア・ディーバ


 話に参加しないようにしていたものの、思わずローゼスを見てしまった。オレの動きに、肩に登りつつあった監視猫が膝の上に飛び降りて、抗議するように、にゃあと鳴いた。


「何よぉ、ようやく会話に参加する気になったの?」


「よく見抜いたなと思っただけだ。どうせオレから聞かないと納得いかないのだろうから、慧眼に免じて話してもいいが、警備局はそれでいいのか?」


 情報はできる限り制限するのが警備局の判断だし、オレもそれに同意したのだが、静かに話を聞いていたアレク班長に目を向けると、歓迎すると言いたげに頷かれた。


「警備局長からは、この場限りにしていただけるならば、すべての情報を開示しても構わないと指示されています」


「また、面倒事を投げる気だな、あのばばあ。高くつくと伝言してくれ。取りあえず、占拠事件についての話はするが、取引にしろ依頼にしろ協力にしろ、何もするつもりは無い」


「あら、でも会話に参加してくれるだけ、大進歩ね。というか、なんで警備局長はいきなり高難易度の任務をアレク班長にふったのかしら。アーデル捜査官を寄越した段階で、まともに会話するに至るのすら困難な任務になるのに、アレク班長も大変ね」


「捜査課のことはあまり把握していませんでしたが、お二人に嫌われるに足るだけのことを捜査課がやってきたのは理解しましたよ。……警備局長も人が悪い。事前に少しは情報をいただきたかったです」


 あのばばあは、そんな親切はしない。警備局長とも付き合いの長いボーディが慰めるように言った。


「こうして鍛えてやってるんだよ、人生体験深まっただろ、くらいで流されますよ。警備局長もそろそろ職員の自主性に期待せず、旧世界管理局との関係改善をはかっていかないと、占拠事件のような重大案件が起こったときに大変なことになると判断されたのでしょうね。

 意地悪なことを言ってしまえば、アーデル捜査官が非公式であれ謝罪できるかどうかにすべてがかかっています。謝罪したところで、無視されたり関係改善がなされない可能性の方が大きいですが、やるだけやってみるのもいいでしょう。先にユレスの意見を聞いてもいいですが、どうですか?」


「質問の意図が不明だが、アーデル捜査官の謝罪に何の価値もないのに、無駄な行為をする必要はないと思うが?それよりは、アレク班長がわざわざやってきた用件の方が気になるくらいだ。まさか謎の協力者に会いに来たということはないだろ」


「実はその通りなのですが、褒賞の件で相談したいからです。無関係だから辞退すると言うのは、待ってください。あなたにも興味をもっていただけるはずだと警備局長にも言われています。まずは、占拠事件のことをお話したいのですが、よろしいですか?」


「……酒の肴にするくらいであれば」



 警備局の二人は歓迎されていない空気を読むくらいはしたのか、並べられた料理にも酒にも手を付けていなかったが、オレの態度が軟化したと見たのか、ボーディとローゼスが機嫌よく勧めていた。


 膝の上の黒猫がオレの肩に飛び乗って耳元に頬を摺り寄せて来たが、面倒なことになったな。

 監視猫は猫的振る舞いしかしないからいいが、相棒の気まぐれ猫がたまに仕事をすると大体面倒なことになる。


 如才なく料理を褒めたり、特製果実酒の感想を言ったあとで、アレク班長がようやく本題に入った。


 オレに用があるからだと思うが、オレがこれだけやる気ない態度なのにさっきから妙に視線を感じる。

 だが、これに関してはアレク班長の礼儀の問題とは思わない。監視猫が落ち着きなくうろうろしているので、慣れているはずのボーディとローゼスですら猫の動きを追ってるし。


「積極的に公表していないので、知る人は知っている程度の話なのですが、ヨーカーン大劇場で人質にもなった歌姫マリア・ディーバは私の姉です」


「あらやっぱり?雰囲気というかその美形ぶりが似てると思ってたのよね。アタシ、彼女の歌好きよ。甘いだけじゃなくてときどき鋭かったり冷たかったりするあたりが。遺物の楽曲もいくつか編集したり、アレンジして歌ってくれてるわよね。遺物の良い影響のいい見本的な感じにしてくれてるから、遺物管理局でも高評価なの。

 だから占拠事件に巻き込まれてお気の毒だったし、無事に救出されてほっとしたわ。そう考えると黒猫さんはいい仕事したんじゃない?何で黙ってたのよ」


「オレは現場に誰がいるとか知らなかったし、どうでも良かったからだ。アーデル捜査官が人権がどうとか言いたい顔しているので、あえて言っておくが、どこの誰がいるかで態度変えるほうが差別ではないのか?オレに必要な情報は最低限でいい。現場にいる敵、味方、その他人質が何人いるか、その配置状況、それだけでいい。

 敵7、味方1、人質56の状況はさすがにぶん投げたくなったが、警備局長が味方1の実力とその場にいる理由、動機、使命感総合したら、やれると判断したので、オレは指示しただけだ。つまり、現場にいた姉を助けるべく、あの無茶で無謀な指示に従ったのか」


「確かにぎりぎりでしたが、こなさねばならない理由と実力は幸いにあったと思います。マリア・ディーバは現在活動休止中なのですが、選考委員の一人として参加していました。……ユレス捜査官は、背景情報はほとんどご存じないでのですか?」


「オレを気にせず続けてくれていい。言っただろ、酒の肴に聞き流すくらいしかしないと。事件解決に少し協力したことは認めたつもりだが、それでも不十分だと?」


「んもう、会話する気皆無の態度はやめてあげて。アーデル捜査官相手はともかく、アレク班長にはもう少し愛想よくしてもいいじゃないのよ。マリア・ディーバはね、結婚して活動休止に入ったのよ!結婚生活楽しみたいってこと」


 ローゼスがにんまりと笑ったが、結婚するということは子作りをするということだから、無駄に意味深にしなくてもいいと思うんだが。



 旧世界における結婚とは、子作りだけでなく家の存続、土地や財産の継承まで含まれる複雑かつ問題や揉め事がいくらでも発生しそうな制度だったらしい。

 政治的な関係や、家や団体どうしの結束を高めるために結婚したり、多くの財産や生活物資を保有している者と結婚することで我が身の安泰をはかるという発想もあり、心が通わない相手と結婚することも多かったそうだ。


 不健全な結婚は人間関係の破綻や諍いの原因にしかならないし、その果てに生まれる子どもは不幸に見舞われることもあったようで、世界管理機構は過ちを繰り返さないよう、個々人の権利と結婚に関しては明確かつ簡潔な制度にまとめた。


 人として体を持って人生を体験する間の権利および所有物登録は、その体が生存している限りにおいて、その個人にのみ保証される。

 体が死した時点において、その権利と所有物は世界管理機構に委譲される。ただし、例外規定は除く。


 結婚は成人が、両者の同意の上、子どもを作り育てるために行い、世界管理局に申請して登録することができる。

 両者の合意があれば、結婚の解消も可能。または三年の期間内に子どもが生まれなかった場合、結婚は自動的に解消されるが、延長申請すれば継続可能である。

 子どもが成人したときも、結婚の登録が解消になるが、申請して継続することもできる。


 子どもが生まれたら、世界管理局において、子どもの識別登録がなされ、同時に両親との間に家族登録がなされる。

 子どもの養育権は両親と世界管理機構にあり、適正な養育環境でない場合は、両親の権利ははく奪される。


 権利事項の例外規定として、人の体が死亡したとき、その子どもが生存している場合、死亡者が事前申請して登録しておいた個人所有物の一部が子どもに譲渡される。

 事前登録されていない場合、子どもが申請し、世界管理機構が認めたものについて、譲渡される。


 別に結婚しなくても子どもはできるときはできるし、生まれた子どもの個人識別情報を登録するときに、世界管理局と治療局がしっかり両親の情報も確認して登録するので、わざわざ結婚の登録する意味が無いと言えばない。


 とはいえ、結婚登録している人を相方以外が寝台に誘うのは大変な不作法だと分かりやすいため、いちいち断って説明する手間を省くためには有用な制度になっているようだ。

 他の人と結婚している人に、自分の相手をするように迫るのは人権無視として犯罪認定すらできるらしいし。


 旧世界では、基本の生活物資に困る貧困という状況におかれて、犯罪行為をしてしまう事例もあったようだが、旧世界の事例を研究して整備された社会制度のおかげで、この世界では衣食住に困って犯罪をする者はほぼいない。


 食事は十分に得られるし、個人活動の時間も十分に得られるように配慮された勤務時間が割り振られるので、旧世界で三大欲求と呼ばれたもののうち、食欲と睡眠欲は十分に満たされる。


 ただし、三大欲求の一つである性欲に関しては、世界管理機構が直接関与したら人権問題となってしまうので、各個人が自分の自由意思で相手を見つけて交流して、関係を持つことになる。


 性欲とはつまり、この世界の自然動物でもある人の身体が、次代に繋ぐための子を残したいという本能的な欲求でもある。

 それは人生体験を深める経験でもあるので、人と世界の進化にも繋がると考えられているし、世界管理機構も奨励しているわけだが、性犯罪事件も起こりやすかったりする。


 警備局が扱う事件のうち、性犯罪か性欲が絡む事件は、旧世界に比べて圧倒的に高い比率になっている。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ